磐城高校野球部OB会

 磐城高校野球部OB会に関係する活動の足跡です。磐高野球部は心の故郷です。

日本文理のあきらめない精神、懸命な姿勢に強く感動

2009年08月25日

 昨日(09.08.24)の甲子園決勝、「中京」×「日本文理」の試合は凄かった。

 本当に鳥肌ものだったので、思わずブログに記述してしまった。

 「伊藤」コールが鳴り響いた甲子園、新潟に大いなる勇気を与えたことだろう。

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磐城高校野球部の偉大なる先輩・福田昌久先輩に学ぶ

2009年08月12日

 自分の母校である、磐城高校野球部の先輩に、福田昌久大先輩がいらっしゃる。

 もう存命では無いが、プロ野球界で29年間生きられ、巨人などのコーチを歴任された、偉大なる先輩だ。

 自分たちが高校を卒業するにあたり手記をお寄せ下さり、最近になって何となく読み返したところ、久々に魂に楔を打ち込まれた衝撃を受けたので、ご披露させていただこうと考えた次第である。

磐城高校野球部(母校)OB会がマスターズ甲子園09予選制覇

2008年11月30日

 やりました。
 母校磐城高校野球部OB会が、春に続きマスターズ甲子園予選を制しました。

 マスターズ甲子園の準決勝・決勝が、08.11.30(日)に行われました。
 決勝の結果は 7対3 で、見事に学法石川OBを下しました。  イニングスコアは以下の通りです。

決勝のイニングスコア

 学石OB 3 = 010 002
 磐城OB 7 = 003 103X

 6回に同点を許しましたが、見事にその裏に勝ち越しました。

球速10Kmアップ 凄いピッチャーになるトレーニング方法発見

2008年11月13日

球速10km/hアップ保証!
ソフトバンクホークス高橋投手も実践中!

もし、小学生から実践すれば・・・爆発的に才能が開花する

ケガをしない、理想のピッチャーになれるトレーニング法とは・・・?

 なんとも凄い教材を見つけてしまいました。
 もっと早く出してくれれば良かったのに・・

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「甲子園の夏 08号」に磐高が大々的に掲載

2008年07月26日

 夏と言えば、なんと言っても甲子園、高校野球でしょう。
 今年の甲子園大会は90回記念大会にあたります。
 この90回記念大会に合わせて、朝日出版新聞社が「週間 甲子園の夏」という20回もののシリーズを発売中です。

磐城高校夏の甲子園で準優勝(昭和46年)

(中央で万歳しているのが、我々の監督でもあった小さな大投手・田村さん)

 最新号が07号なのですが、7/29(火)発売予定の08号に、母校である磐城高校の、昭和46年の準優勝時の様子が大々的に記事になっております。
 24回卒業の先輩たちがメインで書かれています。

マスターズ甲子園08の出場感想(磐城高校野球部OB)

2008年06月22日

 23年ぶりに聖地・甲子園の土を踏んだ。
 08年マスターズ甲子園に、磐城高校野球部OB会として福島県代表となったのだ。

 やはり甲子園だ。
 近づくにつれて、気持ちが高ぶり、血がたぎってくるのが分かる。
 たとえ2日くらい寝ていなくとも、甲子園という場所は我々をぴしっとさせ、厳かさを思い出せてくれるに相違ない。

小松親子の選手宣誓風景(マスターズ甲子園08)

 (左は先輩の小松さん親子の選手宣誓の様子)

 ところで、我々の頃の名物であった蔦は無くなってしまっており、スタンドもずいぶん近くなったような気がした。
 随分と一新されていたがそこは昔と変わらぬ高尚な場所だった。

磐城高校野球部(母校)OB会がマスターズ甲子園決定!

2008年04月21日

 やりました。
 母校磐城高校野球部OB会がマスターズ甲子園出場です。

 マスターズ甲子園の決勝が、08.04.20(日)に行われました。
 結果は11対3で、見事日大東北OBを下しました。  イニングスコアは以下の通りです。

 磐城 11 = 416 000 0
 日北 3 = 000 210 0

 3イニングまでの若者チームで勝負を決しましたね。

 甲子園は1995年広瀬監督が率いて以来ですから13年ぶりになりますか。
 とにかく嬉しいですね。

 甲子園で校歌を聞いたのは、1975年まで遡りますので、32年ですね。
 マスターズ甲子園も勝ったら校歌を歌えるんですかね?

 昨年、スクールウォーズの山口先生を目の前にして、
 血液が逆流するような感動を覚えましたが、甲子園はそれ以上ですね。

 やはり赤井嶽を越えて水石山まで走った練習が今になって活きましたかね。
 どうでしょう、35回・36回の敬愛する先輩方・・

高校野球の思い出 磐城高校「涙の背番号4」

2007年04月02日

 以下は母校の福島県立磐城高校野球部100周年記念誌に寄せた自分の手記です。
 このブログを訪れた方にも是非ご覧いただきたく披露します。

 忘れもしない1985年の6月21日・・・

 夏の甲子園予選である県大会を1ヶ月前に控える時期に事故は起こった。

磐城高校野球部100周年が楽しみ!

2006年10月18日

さて来たる10月21日(土)は磐城高校野球部100周年記念式典にあたります。

自分は38回の卒業で、まだ磐高は野球が強かった。

自分たちの代はJリーガーが出たりと、なかなか豊作の年で、野球・サッカー・ラグビーがそれぞれ全国大会に進み、いわゆる陸の三冠王と言われた年でした。

これは全国的にも珍しく、どこかの掲示板で褒め称えられていたのを見たことがあります。

磐城高校野球部100周年記念事業 実行委員会

2006年08月25日

感謝で100周年を盛大に終える


 10月21日に控えた記念式典や記念誌発行に向けた実行委員会が19時から磐城高校100周年記念館で行われた。
 予定をオーバーして21:30分までの打ち合わせとなった。

 その後場所を代えて、佐藤孝男副会長、関根さん、大和田、豊、達生、そして自分の6人で記念式典運営についての打ち合わせに入った。
 ちょっと時間が押してきついものの、なんとかすこしずつ形になってきた。決まった概要は以下の通り。

100周年記念試合

2006年06月04日

2006年06月3日(土)・4日(日)と100周年記念試合が桐蔭学園(神奈川県)をお呼びして開催されました。


結果は第一試合が  磐城 1 - 5 桐蔭

第二試合は  磐城 5 - 6 桐蔭  でした。


 特に第2試合目は9回の表に逆転を許し、その最終回の裏にあわや同点打かという場面で、ライトからの好返球により間一髪アウト! という壮絶な幕切れでした。ナイスゲームでした。
 しかし勝って欲しかった・・・

太監督就任

2006年04月01日

 我らの先輩、遠藤太さんが母校である磐城高校野球部監督に就任された。
 早速応援に駆けつけ、声援を浴びせてきた。

ただいまの特別オファー!


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