熟年離婚 来春から急増!? 「年金分割」開始

2014年8月16日

「年金分割」開始 妻たち熱視線

 離婚した場合に夫の厚生年金を妻に分ける「年金分割」が、来年4月から導入される。この制度が始まってから離婚しようと考えている「年金分割待ち」の妻が少なくないと見られ、来春以降、妻に“三下り半”を突きつけられる熟年男性が増える可能性がある。

「主人は半分ずつの分割に絶対賛成しない。話し合いがつかなかったら、どうすればいいですか」

「離婚してから2年以内に請求するんですね」

 某市内で先月、市民団体が開いた年金分割の説明会。中高年の女性から先を争うように質問の手が挙がり、会場は熱気に包まれた。

「年金分割」の概要

 年金分割の導入により、来年4月以降に離婚する夫婦は当事者が2年以内に請求すれば、結婚していた期間分の厚生年金の一部を配偶者に移せるようになる。ずっと専業主婦だった女性の場合、最大で夫の厚生年金の半分を受け取れる。

 「今は離婚した夫が月20万円ほどの年金を受け取る一方で、妻は基礎年金だけになり、生活保護に追い込まれる例もある。これまでの制度は、主婦にあまりにも不利だった」と、説明会の講師である社会保険労務士は話す。

 社労士のもとには最近、自治体などから講演の依頼が相次いでいる。

 社会保険庁は10月から、50歳以上を対象に、離婚した場合の年金額を事前に試算するサービスを始めた。妻が試算を請求したことは、夫には知らされない。

1か月間に全国で1355人が試算を請求し、その約9割が女性

 10月末までの1か月間に全国で1355人が試算を請求し、その約9割が女性。試算を請求しなかった人も含めると、全国の社会保険事務所に寄せられた年金分割に関する相談は10月中だけで6283件にのぼり、関心の高さを裏付けた。

年金分割待ちの離婚予備軍は4万組

 国内の離婚件数は、ここ数年、減り続けている。2005年は約26万2000件と、ピークの02年より約2万8000件少なかった。

 失業率の低下などが影響したと見られるが、減少が始まった時期は、厚生労働省が年金分割の具体案をまとめた時期とも重なる。

 専門家の間では、年金分割待ちの妻が離婚を先送りしている「嵐の前の静けさ」だという見方が多い。

 第一生命経済研究所は、過去の景気回復局面より離婚件数の減少が大きいことなどに注目し、年金分割待ちの離婚予備軍が、03年からの累計で4万2000組にのぼると推計している。

結婚していた期間が長いほど妻にとって年金分割待ちの恩恵が

 エコノミストは「分割の対象となる結婚していた期間が長いほど、妻にとって年金分割待ちすることの恩恵が大きい」と指摘する。

 その言葉を裏付けるように、05年の離婚件数をピークだった02年と比べると、結婚期間25年以上30年未満の層で21%も減っており、それより短い層の減少率の約2倍にのぼっている。

熟年離婚は懸念の声も

 「団塊世代の離婚が来春以降、一気に増える可能性がある」。

 年金分割をきっかけとして熟年離婚に関心が集まる現状には、懸念の声もある。

 夫婦・家族問題コンサルタントは、「年金分割は、貧乏を分け合えと言っているような制度。離婚した主婦の生活水準は、ほぼ確実に下がることを覚悟する必要がある」と話す。住居費などが必要になる上に熟年女性の就職も容易ではないからだ。

 離婚しなかった場合には、サラリーマンだった夫が先に亡くなると、妻は原則として遺族厚生年金を受給できる。その金額は、夫の厚生年金の4分の3が基本。最大で半分までの年金分割より、格段に有利だ。

 上記コンサルタントのもとには、月約80人が離婚の相談に訪れる。「人生を再構築するために若いうちに選択する離婚は前向きに考えてよいが、熟年離婚はできるだけ思いとどまるようにと助言している」と話す。

年金分割の海外の状況や歴史

 離婚した女性の年金を充実させるため、英国、ドイツ、カナダの例を参考に、2004年の年金改革で導入が決まった制度。社会保険庁が管理する保険料納付記録の一部を、離婚した場合は配偶者名義に切り替える。

必ずしも半々にならず - 制度への誤解も

 年金分割を巡り、さまざまな誤解が広がっている。

 「主婦の多くは、夫の厚生年金を必ず半分受け取れると思いこんでいる」と、千葉県内の社会保険労務士は話す。

 実際には、分割割合をどうするかは当事者間で話し合う必要がある。合意できない場合には、家庭裁判所に申し立てて決めてもらわなければならない。

 「離婚裁判」などの著者は「夫も年金を老後の頼みの綱と思って懸命に抵抗し、話し合いがつかない例が多くなると思う。その場合、裁判所の調停などで家や土地、預貯金などの財産分与とともに分割割合が決まる。必ず半々になるとは限らない」と話す。

夫が独身だった時期分の厚生年金は分割の対象にならない

 しかも、夫が独身だった時期分の厚生年金は分割の対象にならない。

 まぎらわしいのは、来年始まる年金分割とは別に、専業主婦だった人が離婚する場合、夫の厚生年金が自動的に半分ずつに分割される制度が08年度から始まることだ。

 ただし、こちらは08年4月以降の結婚期間に対応する年金だけが対象なので、現在の熟年夫婦にはあまり影響がない。この制度と混同して、必ず半分受け取れると誤解している例が多いようだ。

 このほか、夫が「いったん年金受給が始まれば、離婚しても分割されない」と思っている例もあるが、これも誤り。受給が始まった高齢者の年金も、離婚すれば分割の対象になり、逃げ切りはできない仕組みだ。

女性の老後保障一歩前進

 年金分割の導入は、女性の老後保障を充実させる上で、一歩前進だと評価できる。

 夫が保険料を納め続けてきたことには、妻も貢献していたはず。その貢献が老後の年金に結びつくのは、妥当なことだろう。

 ただ、厚労省の想定では、標準的な男性が65歳以降に受給する厚生年金は、月約10万円。仮にその半分程度が分割されても、妻自身の基礎年金(満額でも現行月約6万6000円)と合わせて、老後の暮らしに十分な金額とは言えない。

 熟年離婚を考える場合には、事前に社会保険事務所で制度の仕組みと見込み額をよく確認する必要がある。