<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>菅野哲正さすらいブログ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://nk.e-consul.info/atom.xml" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2012://4</id>
   <updated>2011-12-31T10:13:40Z</updated>
   <subtitle>茨城県在住の社会保険労務士・CFPの菅野哲正です。磐城高校野球部出身で、茨城大学卒業です。三井生命で営業所長をしていました。人生は旅であり、チャレンジです。最大限のチャレンジで思い出作りをしたいものです。このブログに菅野哲正の旅の跡を綴ります・・・</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.35</generator>

<entry>
   <title>母の死から学んだ　才は徳の子、徳は才の師　融通無碍</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/mother/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2011://4.980</id>
   
   <published>2011-12-31T10:06:32Z</published>
   <updated>2011-12-31T10:13:40Z</updated>
   
   <summary>平成23年7月22日（金）母が亡くなった。享年67歳、満66歳だった。母は突如として天に召されるように帰っていった。母の死から学び取ったこと、それは『才は徳の子であり、徳は才の師である』ということである。これを教訓に人格完成の努力を怠らず、命の華を咲かせるよう努力したい。</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="14" label="人生修行" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="12" label="命" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="13" label="決意" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　平成23年7月22日（金）の21時過ぎ、母が亡くなった。享年67歳、満66歳だった。</p>
<p>
　母は現在でいえばまだ若いうちだが、突如として天に召されるように帰っていった。</p>
<p>
　母の死から学び取ったこと、それは『才は徳の子であり、徳は才の師である』ということである。</p>
<p>
　この言葉は安岡正篤先生の本に記述されていたような記憶があるが、母の死で心の芯から身につまされる想いであった。</p>
<p>
　頑迷で思い上がりが強い自分を改めて痛感し、足りなさばかりが胸中を去来した。</p>
<p>
　感謝、融通無碍な心を養って、本当に大切な精神を磨かないと、父母に申し訳ないよなぁと思う。今後何かあるたびに観返したいと考え、敢えてブログに残そうと思ったのだが、結局大晦日にアップする羽目になってしまった。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">母の死の経過</h3>
<p class="m20-t">
　22歳で自分を産んだので、同級生たちからみても、若いほうだった。</p>
<p>
　病気療養のため、入院はしていたものの、まさか逝去するとはゆめゆめ思ってもいなかったので、驚きが襲った。</p>
<p>
　息を引き取る３時間前くらいまで、孫娘がお見舞いに行っており、苦しそうだったが、亡くなるような感じでは無かったということだった。</p>
<p>
　それからわずか３時間で、天に戻っていったようである。</p>
<p>
　直接の死因は呼吸困難を伴う肺不全のようだったが、肝機能が著しく低下しており、肝臓が処理しきれない水分が肺に溜まっていった。</p>
<p>
　亡くなる１時間くらい前に、妹から電話が入り、「母の容態が急変し、ひょっとしてやばいかも知れない」というものであり、当時自分は茨城県石岡市の事務所で仕事をしていたが、仕事を収めてとりあえず、いわきの実家に戻ろうと帰り支度を急いでいる中で、今度は弟から電話が入った。</p>
<p>
　「ご臨終だよ・・」</p>
<p>
　なんともあっけない最期だったが、弟と妹が死に水を取ってくれたのが救いだった。</p>

<h3 class="m50-t">2011年2月入院から 3.11大震災での強制退院</h3>
<p class="m20-t">
　昨年から若干体調は悪そうだったが、今年（2011年）に入って２月の頭に、家の段差でこけてしまったことがあった。</p>
<p>
　その際に背中を打ちつけ、どうにも痛みが引かずに病院に行くと、打撲もあるけど肝機能に著しい低下が見られるということで、即入院となった。</p>
<p>
　しばらく入院生活を続け、快方に向かいつつあったが、そこであの 3.11 大震災が起こり、その際に病院の入院棟７階から１階まで歩いて非難した。</p>
<p>
　おそらく、ずっと寝たきりだった人間が、いきなり７階もの階段を歩いて降りるというのは、言語に尽くしがたい苦痛だったのだろうと想像する。</p>
<p>
　それで、病院のほうも震災後の受け入れ対応等で、てんやわんやとなり、3.13に強制退院の運びとなった。</p>
<p>
　そして、いわきが物資等の流通に大きな不安があったのと、当時は実家におふくろ一人が生活していた実情もあり、不安が重なる中で、自分が住む茨城県石岡市に呼んだのだった。</p>

<h3 class="m50-t">25年ぶりの母との生活</h3>
<p class="m20-t">
　おふくろと生活するのは、自分が高校を卒業して以来だったので、25年ぶりくらいだった。</p>
<p>
　自分が実家に寝泊りすることはあったが、１日から数日程度のもので、ずっと同じ屋根で生活することは本当に久々だった。</p>
<p>
　しかも自分は高校球児で朝早く練習に出かけ、夜遅く部活から帰宅していたので、中学生時代まで遡らないと、おふくろと生活していた感覚が思い出せなかったのだ。</p>
<p>
　結果として、この２ヶ月弱の同居生活が最後の良き思い出となった。</p>
<p>
　２階に寝泊りしてもらっていたが、最初は２階に上がるのもつらそうで、なんでこんなに弱ってしまったんだと感じていたが、息子や娘が春休みであったこともあり、よく面倒を見てくれた。</p>
<p>
　おふくろも、孫と生活ができて、良い思い出となったのではなかろうか。</p>

<h3 class="m50-t">5月にいわきの実家へ戻る</h3>
<p class="m20-t">
　５月の連休前に、そろそろ自分一人でも生活できそうだから、いわきの実家に戻りたいと話があった。</p>
<p>
　弟・妹は反対したが、おふくろの決意が固そうであり、５月のゴールデンウィーク初期に、実家に連れ帰った。</p>
<p>
　１月経過して再入院となることは、当時予測すらしていなかった。</p>
<p>
　戻ってすぐに、妹夫婦が実家に手すりを取り付けたりして、老人が生活しやすい環境を懸命にこさえてくれたので、安心・安堵は大きかった。</p>
<p>
　しかしおそらく実家に帰って、しばらく人が生活していなかったのと、震災によるダメージで、いろんなところが気になったのだろう。</p>
<p>
　どうにも細々とした掃除やら何やらを通常の感覚で行っていたら、やはり体調を崩してしまった。</p>

<h3 class="m50-t">再度の入院生活へ</h3>
<p class="m20-t">
　体調不良は肝機能低下によるものだが、再入院となったのが6.17だった。</p>
<p>
　しばらく入院生活を続け、体調は一進一退を続けながら、それでも快方に向かうと我々は信じていた。</p>
<p>
　だが、なかなか思うように快復していかない状況だった。</p>

<h3 class="m50-t">結果としての遺言</h3>
<p>
　息を引き取る7.19（火）に、自分もいわきで仕事があり、仕事を追えた後に病院に見舞いに行くと、しばらくして弟が来たのだった。</p>
<p>
　そこで男の兄弟が揃ったところで、遺言のようなものを言い始めたのだった。</p>
<p>
　「自分はいわきに居たい。自分が死に向かっていったら決して延命措置は取るな。そして死後、家については誰も住まないようなら解体せよ」というものだった。</p>
<p>
　帰り足で弟と、「あれは遺言のような鬼気迫る感じだったな」と互いが感じていたことを確認した。</p>
<p>
　しかし、それはもっと先のことだろうと感じていた。</p>
<p>
　その３日後に息を引き取ったのである。</p>

<h3 class="m50-t">使命を終えたのだろうか</h3>
<p class="m20-t">
　父が亡くなって３年を過ぎている。おやじは最期は寝たきりになっており闘病生活が長かった。</p>
<p>
　その看病におふくろはずっと付いていた。まさにそれが仕事であるような感じで看病していた。</p>
<p>
　その疲れが出たのかとも思う。</p>
<p>
　しかし違うだろうなとも感じるのだ。おやじを見送ったことは、すなわち命であり、命に使え、自らの寿命もすり減らしていたのだろう。</p>
<p>
　逆に、おやじの死後は自分の使命を見失っていたのかも知れないなとも思う。</p>

<h3 class="m50-t">天晴れな最期</h3>
<p class="m20-t">
　常々、「自分は年を取って、子どものあんたたちに迷惑をかけたくないんだよ。」と語っており、誰に迷惑をかけるでもなく、延命措置を検討する暇すらもなく、駆け足で天に舞い戻ってしまった。</p>
<p>
　ともかく我が母親ながら、天晴れな最期であった。</p>

<h3 class="m50-t">母に言われ続けたこと</h3>
<p class="m20-t">
　母に言われ続けたことがある。</p>
<ul class="m30-l m30-b">
<li>「心を穏やかにしなさい」</li>
<li>「人に対してあまり乱暴な言葉を言ってはいけない」</li>
<li>「短期を注意しなさい」</li>
<li>「今のお前はお前でちょうどよい」</li>
<li>「先祖供養をしっかりしなさい」</li>
</ul>
<p>
　などであり、いまさらながらに自分の至らなさを痛感してしまう。</p>
<p>
　思えば子どもの頃、おふくろは厳しく、負けん気の固まりのようなところがあった。</p>
<p>
　同級生にケンカで負けることは無かったが、上級生に負けて家に帰ると、『勝つまでやってきなさい！　それまでは家に入れることはできない！』　などという幼少時代だったのである。</p>
<p>
　晩年は、あんたがそこまで激しい気性となってしまったのは、自分の育て方に問題があったのかねぇとこぼす始末だったが・・</p>
<p>
　母はけっこう弁が立ち、自分はどれだけ話を重ねてきたか分からないくらいだ。</p>
<p>
　「命の華を咲かせる」ということを、いつも言われていたような気がする。</p>

<h3 class="m50-t">人は死に向かって１日１日、一歩一歩進んでいる</h3>
<p class="m20-t">
　おふくろが死んで、当たり前だが痛感していることがある。</p>
<p>
　それは、「人は死に向かって１日１日、一歩一歩進んでいるんだなあ」ということ。</p>
<p>
　だからこそ、一瞬一瞬を大切にして、命の華を咲かせていかなければいけないなということ。</p>
<p>
　母親の死は、なんか夏場に大汗をかくように、目から汗が出てくる感覚だった。</p>
<p>
　おやじの時も葬儀は陣頭指揮を執ったが、今回も喪主を務める中、次のような言葉でご挨拶をさせていただいた。</p>
<p>
　「自分たち兄弟は、母の子どもであって本当に良かった。叶うのであれば、来世もまた親子でまみえ、そして熱く熱く苦楽をともにしたいと思う。」</p>
<p>
　これは偽ざる心境であった。</p>
<p>
　さて、これで両親ともこの世からいなくなってっしまったが、先祖供養を粛々とさせていただく所存である。</p>

<h3 class="m50-t">人格完成に向けて努力しなければ</h3>
<p class="m20-t">
　おふくろに言われ続けた次のことも、身にしっかりと刻み、来年以降も人格完成に向けて努力していきたいと決意している。</p>
<ul class="m30-l m30-b b">
<li>心を穏やかにする</li>
<li>人に対して乱暴な言葉を使わない</li>
<li>短期を注意する</li>
<li>今の自分は自分でちょうどよいと達観する</li>
<li>先祖供養をしっかりする</li>
</ul>

<p>
　そして冒頭に記述した、『才は徳の子であり、徳は才の師である』という意味を良く噛みしめて、感謝、融通無碍な心を養い、本当に大切な精神を磨き続けたい。</p>
<p>
　父の一周忌の際も記述してあったが、やはり母親というのはちょっとダメージがあり、少し論調が変わるなぁと苦笑いする次第だ。</p>
<p class="link-next"><a href="http://nk.e-consul.info/privacy/oyaji1syuki/">親父の一周忌を終えて</a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ワークライフバランスは業務効率化と個人尊重の果実</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/business/work-life/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2011://4.979</id>
   
   <published>2011-06-29T02:55:46Z</published>
   <updated>2011-12-02T07:19:24Z</updated>
   
   <summary>平成23年6月28日（水）にワークライフバランスの進んだ企業視察として、「泰仁会・江隆会グループ　特別養護老人ホームやさと」様へ伺い、１時間を越えてヒアリングをさせていただいた。結論から言うと、大変参考になり、眼から鱗が落ちた思いであり、感動すら覚えたので、ご当人様の了解を得て、ブログに掲載させていただく。</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="ビジネス日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　当年度（2011年度）は茨城県知事から委嘱をいただき、茨城県の「仕事と生活の調和推進員」として活動をしている。いわゆるワーク・ライフ・バランスの推進だ。</p>
<p>
　自分は仕事と調和の推進には似合わない人間なのだが、ワークライフバランスを推進する立場となったので、とにかく勉強・研究を進めようと思い立ち行動を起こしてみた。</p>
<p>
　昨日、平成23年6月28日（水）にワークライフバランスの進んだ企業視察として、「泰仁会・江隆会グループ　特別養護老人ホームやさと」様へ伺い、１時間を越えてヒアリングをさせていただいた。</p>
<p class="link-next"><a href="http://www.kannosrfp.com/u/12" target="_blank">泰仁会・江隆会グループ様</a></p>
<p>
　結論から言うと、大変参考になり、眼から鱗が落ちた思いでもあった。感動すら覚えたので、ご当人様の了解を得て、ブログに掲載させていただく。</p>
<p>
　お伺いしたのは、施設長の高城様と事務課長の大塚様だった。</p>
<p>
　ご両名様とも、ご多忙にもかかわらず快くご面談を引き受けていただき、本当にありがたい限りだった。</p>
<p>
　まずもって、この場をお借りしまして御礼を申し上げます。ありがとうございました。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">特別養護老人ホームやさと様の概要</h3>
<p class="m20-t">
　特別養護老人ホームやさと様は、名峰筑波山を望むことができる静かな田園風景の中にあり、恵まれた自然環境の中で、充実した生活支援を目指し、ご利用者の方々に満足頂けるような施設づくりを目標としていらっしゃる。</p>
<p>
　自分も近くに、あのような自助努力の進んだ企業があったことに、とても驚いた。</p>
<p>
　世の中は広く、自分の見聞はまだまだ微細であると反省することしきりである。</p>

<h3 class="m50-t">ワークライフバランスの鍵は業務の効率化</h3>
<p class="m20-t">
　さて、ヒアリング内容をかいつまんで掲載していこう。</p>
<p>
　キーポイントとなるのは、業務の限りない効率化と集中力であり、仕事の成果無くしてワークライフバランスはありえないということだった。</p>
<p>
　そしてトップダウンで実践できたことが成功の鍵だったということだった。</p>
<p>
　ここが自分の目を開かせていただいたポイントだ。</p>
<p>
　ワークライフバランスと言うと、育児休暇や介護休暇、そして有給の取得推進やノー残業デー実施などを思いつくわけだが、それはあくまで側面であり、仕事を効率化・スシテマティック化し、その果実として労働法が要求するような労働条件を達成できるというものであった。</p>
<p>
　意識をしていなかったが、まさに「我が意を得たり！」という心境だった。</p>
<p>
　当年度、茨城県からワークライフバランスの推進員として任命され、これから活動を展開していくわけだが、中小企業へのアドバイス活動についてちょっと自信が無かったのだが、光が差し込んできた。</p>

<h3 class="m50-t">特別養護老人ホームやさと様の取組みついて</h3>
<p class="m20-t">
　特別養護老人ホームやさと様の取組みは、ホームページでも確認できるが、簡単に列挙しておこう。</p>
<ul class="m30 p20-l">
<li>出産時の特別有給休暇</li>
<li>育児短時間勤務</li>
<li>看護休暇（特別有給休暇）</li>
<li>子供の学校行事などに参加する場合の子育て支援休暇（特別有給休暇）</li>
<li>育児休業の男性の取得</li>
<li>モラールサーベイの定期実施</li>
<li>職員とのタイムリーな面談実施</li>
<li>人事考課制度の完全な運用</li>
</ul>
<p class="m30-t">
　特筆すべきは、絵に描いた餅で終わらせず、実効を上げることに、とことん拘っている姿勢だ。</p>
<p>
　どだいルール化・書面化は簡単に出来るのだが、それを効果の上がるまで運営していくところに、本当の苦しみ・戦いがあると言ってよく、そこを施設長と事務課長がタッグを組んで、しっかりとチェック＆フォローしているなと感じた。</p>
<p>
　職員満足度に細心の注意を払っているのが素晴らしかった。</p>

<h3 class="m50-t">成果が出るまではとにかく時間がかかる</h3>
<p class="m20-t">
　また最近の効用・効果を確認させていただいたが、ようやく職員満足度もアップが目に見え始め、周囲からの評価も上がってきたことが実感されるようだが、ここまでの道のりは決して平坦ではなく、効果はじわりじわりとしか出てこないそうだ。</p>
<p>
　そうなんだよな、と心から同調した。自分も生保所長時代を思い出していた。</p>
<p>
　実行してすぐに効果が見えるようであれば、誰も苦労する必要が無く、結果が出るまでやり続けることこそが成功の要諦であると、お話を伺って改めて感じた。</p>
<p>
　素晴らしい取組みだと心から感心した。</p>
<p>
　そもそも今回ヒアリングしたかった大きな理由が、現場としての苦労や、成果が見えるまでの時間軸であったので、本当に参考になった。</p>
<p>
　現在では、採用時に労働条件面を理解して入社する方も増え、確実に効果が上がっているのが感じられるという。</p>

<h3 class="m50-t">取り組んでこられた道のり</h3>
<p class="m20-t">
　取り組んでこられた流れを、簡単にまとめさせていただこう。</p>

<table width="80%" border="1" class="m30-l">
<tr><td>平成15年</td><td>看護士確保のために動き始める</td></tr>
<tr><td>平成15年</td><td>事業所内保育施設設置・運営等助成金にチャレンジ</td></tr>
<tr><td>平成17年</td><td>モラールサーベイに着手　以降毎年定例的に実施</td></tr>
<tr><td>　</td><td>この期間、浸透せずプロジェクトメンバーだけがもがいている</td></tr>
<tr><td>平成19年</td><td>職場意識改善助成金に取組み風土改革を加速</td></tr>
<tr><td>平成20年</td><td>有給休暇の取得推進を計画的に実施</td></tr>
</table>
<p class="m20-t">
　推進や徹底のために、諸データを準備し、様々な会議体で発表して組織内浸透を図っていったとのことだった。</p>
<p>
　こんな流れのようだが、次なる課題も実感しているという。</p>

<h3 class="m50-t">“本当のワークライフバランス”に向けて</h3>
<p class="m20-t">
　それは独身世代、子育て世代、子供独立世代、セカンドライフ準備世代など、それぞれ違うライフステージに立つ職員さんの嗜好が異なるので、それぞれのステージに応じた木目細やかなワークライフバランス施策の実現だという。</p>
<p>
　同世代であっても、仕事とプライベートにおける価値観が違うので、ひと括りにするとかえって悪影響も予想され、各人を尊重した木目の細やかな運営をしていきたいと仰っていた。</p>
<p>
　本当にそうだし、飽くなき向上心だと敬服した。</p>
<p>
　最後に心に響いた一言をいただき、面談を締め括った。</p>
<p>
　それは、「本当のライフワークバランスをどこまで実現できるかが本当の課題です。本当のライフワークバランスというものを上手に言葉に表せませんが。」ということだった。</p>
<p>
　印象的だった。</p>

<h3 class="m50-t">経営者と業務効率化と職員満足度の追求を一緒に考えること</h3>
<p class="m20-t">
　自分も昨晩考えてみた。本当のライフワークバランスとは何だろうか？</p>
<p>
　確かに上手に表現することは困難である。</p>
<p>
　仕事と生活の限りない調和なのだが、それは追求すると職員一人ひとりに対しての大いなる尊重であり、そのために心の通い合う風土醸成こそが大切なのかも知れないと感じた。</p>
<p>
　制度や明文化は、実際には簡単なことであり、成果に拘った業務遂行を前提に、ゆとりを創出するための業務効率化や業務改善の極大化こそが本来的意味なのではないかと、大いに感じ入った。</p>
<p>
　そのように考えると、ワークライフバランスとは、実は哲学そのものなのか、と頭を過ぎった次第だ。</p>
<p>
　面談いただいた高城施設長にはとても丁重に対応いただき、感謝の限りである。</p>
<p>
　大塚事務局長は、この経験を活かして社会保険労務士の受験を考えてみようかとのことだったので、ぜひチャレンジしてみて欲しいと思う。</p>
<p>
　これから１年弱、ワークライフバランス推進員として、自分の指針に目処が付けられたことは大いなる収穫だった。</p>
<p>
　自分の役目は、経営者と業務効率化と職員満足度の追求を、とことん一緒に考えることなのだろうか。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>地震被害,福島原発,東京電力停電のツイッター新着</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/links/tweet-jishin/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2011://4.978</id>
   
   <published>2011-03-15T06:08:12Z</published>
   <updated>2011-05-05T06:59:34Z</updated>
   
   <summary>この大地震後の危機的状況を速く動きを捉えられるよう、自分のチェック用に『地震　被害』、『福島　原発』、『東京電力　停電』でツイッター検索をかけた。そのRSS表示をして、新着情報を拾い新着ページ表示できるようにした。さすがはツイッター、情報が早い。適宜ページの更新をしながら新着情報をチェックすることにしよう。</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="お気に入りリンク" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　この大地震後の危機的状況を速く動きを捉えられるようにしてみた。</p>
<p>
　自分のチェック用に『地震　被害』、『福島　原発』、『東京電力　停電』でツイッター検索をかけた。</p>
<p>
　そのRSS表示をして、新着情報を拾って以下のページに表示できるようにした。</p>
<p>
　さすがはツイッター、情報が早い。</p>
<p>
　適宜ページの更新をしながら新着情報をチェックすることにしよう。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">Twitter での『地震　被害』検索の新着情報</h3>
<p class="m20-t">
　ツイッターにおける『地震　被害』検索をかけ、そのRSS表示をして、新着情報を拾って表示。</p>
<p class="link-next"><a href="http://nk.e-consul.info/topi/jishin/">Twitter『地震　被害』新着情報</a></p>

<h3 class="m50-t">Twitter での『福島　原発』検索の新着情報</h3>
<p class="m20-t">
　ツイッターにおける『福島　原発』検索をかけ、そのRSS表示をして、新着情報を拾って表示。</p>
<p class="link-next"><a href="http://nk.e-consul.info/topi/genpatsu/">Twitter『福島　原発』新着情報</a></p>

<h3 class="m50-t">Twitter での『東京電力　停電』検索の新着情報</h3>
<p class="m20-t">
　ツイッターにおける『東京電力　停電』検索をかけ、そのRSS表示をして、新着情報を拾って表示。</p>
<p class="link-next"><a href="http://nk.e-consul.info/topi/teiden/">Twitter『東京電力　停電』新着情報</a></p>

<p class="m50-t al-r">ツイッターは次から。　<a href="http://e-consul.info/v/636">Twitter へ</a></p>

<h3 class="m50-t">気象庁の地震新着情報</h3>
<p class="m20-t">
　気象庁における地震情報のRSS情報を拾って表示しているものです。</p>
<p class="link-next"><a href="http://nk.e-consul.info/topi/earthquake/">気象庁の地震新着情報</a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大地震後の茨城県石岡市の状況（平成23年東北地方太平洋沖大地震）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/jishin1/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2011://4.977</id>
   
   <published>2011-03-15T01:52:17Z</published>
   <updated>2011-05-05T06:27:34Z</updated>
   
   <summary>平成23年3月11日（金）は東北を中心とする大地震そして大津波という惨劇に襲われた忘れられない日となってしまった。亡くなられた方々につきましては衷心からご冥福をお祈りいたします。本当にお気の毒でした。また避難所生活を余儀なくされているみなさまを始めとして、被災してしまった方々に対しては、心からお見舞いを申し上げます。遠くからご無事をただただお祈りしています。</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　平成23年3月11日（金）は、東北を中心とする大地震、そして大津波という惨劇に襲われた忘れられない日となってしまった。</p>
<p>
　はからずも、このブログ100記事めがこのような記事になってしまい、心痛の極みである。</p>
<p>
　まず被災の上、亡くなられた方々につきましては衷心からご冥福をお祈りいたします。本当にお気の毒でした。</p>
<p>
　また、避難所生活を余儀なくされているみなさまを始めとして、被災してしまった方々に対しては、心からお見舞いを申し上げます。</p>
<p>
　何も出来ませんが、遠くからご無事をただただお祈りしています。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">茨城県石岡市の道路被害状況の写真</h3>
<p class="m20-t">
　さて、ありがたいことに友人からもご心配の連絡をいただくので、自分が居住している茨城県石岡市南台界隈の状況を写真等でお伝えしておこう。</p>
<p class="m20-b">
　息子に近くの状況の写真を撮らせたので、貼っておく。</p>
<div class="al-c">
<p><img src="http://nk.e-consul.info/images/2011/jishin08.jpg" width="486" height="365" alt="東北・茨城沖大地震・東日本大地震における茨城県石岡市の道路被害状況の写真1" /></p>
<p><img src="http://nk.e-consul.info/images/2011/jishin07.jpg" width="486" height="365" alt="東北・茨城沖大地震・東日本大地震における茨城県石岡市の道路被害状況の写真2" /></p>
</div>

<p class="m30-t">
　しかし、今回の大地震の命名は気象庁によれば、『平成23年東北地方太平洋沖地震』なのだが、テレビ報道などでは、『東北・茨城沖大地震』や『東日本大地震』となってやや混乱するので、表現を統一して欲しいところだ。</p>

<h3 class="m60-t">地震当時の自分の状況</h3>
<p class="m20-t">
　自分は地震当時、自社の事務所内にいた。</p>
<p>
　あ、地震だなと感じていると、あまりに長い揺れに、これはかなり大きい地震が距離を置いて発生したなと、なんとなくピンと来た。</p>
<p>
　それから猛烈な揺れに、書棚から本・書類は落ちる、パソコンディスプレイは倒れる、パソコン本体も倒れるという状態となった。</p>
<p>
　お隣では、慌てて外に出たようだったが、壁時計が落ちて砕け散ったそうだ。</p>
<p>
　向かいには病院があり、患者さんが毛布にくるまって慌てて出てきていた。お気の毒に余震で揺れるたびにそんな状態だった。</p>
<p>
　自分もさすがに驚いて、ちょっと落ち着いた頃、自宅に人がいないと思い、火が心配となり慌てて戻ると、火の気は大丈夫だったので、とりあえずホッとして会社に戻った。</p>
<p>
　すでに停電となっており、パソコン作業に没頭していた我らは、ちょっと軽い打合せだけをして、社員も一度自宅に戻らせたのだった。</p>
<p>
　会社に戻ってきて状況を確認すると、食器棚が全滅、電子レンジも落ちていて使いものにならなそうだとのことだった。</p>
<p>
　停電以降テレビがつかないので、世の中の動きが分からず、とりあえず停電の復帰を待つために本を読んで時間を過ごしていた。</p>
<p>
　こんな時に携帯電話は重宝した。携帯からのニュースで震度７の巨大地震だということは分かったが、被害の程度はなかなか掴めないでいた。</p>
<p>
　さすがに地震当日は復帰は無理だなと思い、18：30頃に帰路についた。</p>

<h3 class="m60-t">帰宅してラジオ放送でびっくり仰天</h3>
<p class="m20-t">
　そして自宅で携帯ラジオにて耳にした状況で、驚きふためいたのだった。</p>
<p>
　その晩は余震が心配だったが、ロウソク灯でやり過ごし、もはや寝るしかないので、早く寝たのだった。</p>
<p>
　翌日は妻の実家が心配になり、様子を見にいったが、とりあえず無事を確認しほっとして戻ったが、道路のところどころで地割れや陥没、盛上がりがあり、その程度の大きさを認識できた。</p>
<p>
　その日は断水となっており、給水が近くの小学校であるとの情報を得て、妻がその水をもらいに行ったが、なんと４時間もかかったとのことだった。</p>
<p>
　しかも水は濁っていて、なんということだと嘆息した。</p>
<p>
　とにかく無事で過ごしており、石岡あたりでは、13日（日）には停電・断水も解消されている。</p>
<p>
　物資が足りていないのはどこも一緒だと考えるし、被災の甚大なところに比べれば、我慢しなくてはいけないと思うよ。</p>
<p>
　復興に向けてまだまだ多大なエネルギーを要すると思うが、甚大な被害を被ってしまったみなさま、お気を強く持って、頑張っていただきたく、気持ちだけですが応援申し上げます。</p>

<h3 class="m60-t">治安悪化からの人災を防止しよう</h3>
<p class="m20-t">
　阪神大震災で最後に最大に悲惨に襲った災害は、「治安悪化」による「人災」だといいます。</p>
<p>
　大切な人を守りましょう。</p>
<p>
　一人でいる人は、最寄りの知り合いと小さくても良いのでコミュニティを作りましょう。</p>
<p>
　避難した女性は絶対に一人で公衆トイレに行ってはいけません。</p>
<p>
　便乗する性犯罪者がいます。</p>
<p>
　常に誰かと行動して、トイレも二人以上でいくようにしましょう。</p>
<p>
　これから落ち着きを戻してくると、便乗しての窃盗犯なども出てくることが予想されるのですが、こんな時なので、人の醜さを出さないよう頑張ろうよ。</p>
<p>
　一日も早く、元気で平穏な日本が戻ることを心から祈念します。</p>

<h3 class="m60-t m30-b">茨城県石岡市の建物被害状況の写真</h3>
<p class="b">
　息子に近くの状況の写真を撮らせたので、掲載しておく。</p>
<div class="al-c">
<p><img src="http://nk.e-consul.info/images/2011/jishin02.jpg" width="486" height="365" alt="東北・茨城沖大地震・東日本大地震における茨城県石岡市の建物被害状況の写真1" /></p>
<p><img src="http://nk.e-consul.info/images/2011/jishin06.jpg" width="486" height="365" alt="東北・茨城沖大地震・東日本大地震における茨城県石岡市の建物被害状況の写真2" /></p>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>手焼きせんべいイベント on 茨城空港</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/friends/senbei01/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.976</id>
   
   <published>2010-12-28T14:09:46Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:02Z</updated>
   
   <summary>去る平成22年12月25日（土）、26日（日）と茨城空港内での『手焼き煎餅販売』イベントの応援に行ってきた。みなさんは熱々の焼きたてせんべいを食べたことがあるだろうか？　とても美味しい、不思議な食感だった。大好評のうちに販売会は終了したのだった。その様子は以下の動画で見て欲しい。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="友人つながり" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　去る平成22年12月25日（土）、26日（日）と茨城空港内での『手焼き煎餅販売』イベントの応援に行ってきた。</p>
<p>
　みなさんは熱々の焼きたてせんべいを食べたことがあるだろうか？</p>
<p>
　とても美味しい、不思議な食感だった。<br />
　大好評のうちに販売会は終了したのだった。</p>
<p>
　その様子は以下の動画で見て欲しい。</p>
]]>
      <![CDATA[<div class="al-c">
<script type="text/javascript">
<!--
getyoutube001()
-->
</script>
</div>

<p class="m50-t al-c f16pt b">
　小美玉市にあるナイスな煎餅ショップ</p>
<p class="al-c f16pt b">
　『源兵衛本舗』主催</p>
<p class="m50-t al-c f14pt b">
　焼いているのは、若大将だ。やっほ～い</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>神々は曲線でもって直線を引く（回り道が近道）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/kyokusen/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.956</id>
   
   <published>2010-09-12T13:58:15Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>回り道が近道である真実を神々は曲線でもって直線を引くという素晴らしい言葉を実感せざるを得なかった出来事が自分を襲い、そして救ってくれたのだった。義侠心と行動力に欠けているのでは無いか、闘う男として存在していないのでは無いかと、密かに深く反省させられた元三井生命上司との騒動と思える出来事を綴ってみよう。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
<strong>神々は曲線でもって直線を引く　～　回り道が近道である真実</strong></p>
<p>
　上述の素晴らしい言葉を実感せざるを得なかった出来事が自分を襲い、そして救ってくれたのだった。</p>
<p>
　そして、<strong>義侠心と行動力に欠けているのでは無いか、闘う男として存在していないのでは無いかと、密かに深く反省させられた</strong>出来事を綴ってみよう。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">かつての上司が倒れる</h3>
<p class="m20-t">
　三井生命時代に師匠として崇めたてていたＯ氏が倒れたのが平成22年5月16日（日）の夕方だった。</p>
<p>
　前日は一緒にゴルフをして、そのまま宿泊、そしていつも通りに大酒を煽って眠りについたのだった。</p>
<p>
　朝10時頃別れたときはそんなに異常を感じなかった。</p>
<p>
　しかし夕方、あまりのゴルフのスコアの悪さに腹が立ち、練習場に向かったらしい。</p>
<p>
　そして帰宅して倒れたとのことだった。</p>
<p>
　なんということだ！</p>
<p>
　自分の胸には言いようの無い悔恨の念が責め立てた。</p>
<p>
　前の晩にあんなに馬鹿呑みして大騒ぎしていなければ・・</p>

<h3 class="m50-t">Ｏ氏の元気な姿にほっとする</h3>
<p class="m20-t">
　早くお見舞いに行かなくては、と逸る気持ちを抑えるように集中治療室での治療が続いていたらしい。</p>
<p>
　気になりながらお見舞いに行かず失礼をしていた。</p>
<p>
　ようやく面会が可能になったようだとの報に接し、お見舞いに向かうと、そこには半身が不便だが、相も変わらずに口達者なＯ氏がいた。</p>
<p>
　元気な様子にほっとした。本当に良かった。</p>
<p>
　小１時間話を聞いて別れ、２年後のリベンジ・ゴルフを誓い合ったのだった。</p>

<h3 class="m50-t">芍薬の花を栽培する社長と病室が同室に</h3>
<p class="m20-t">
　そしてまもなく顔を出さなくてはな、と考えていた矢先、8月31日（火）の朝早くに携帯が鳴った。</p>
<p>
　着信を確認するとＯ氏だ。</p>
<p>
　『お前、いつになったら顔を出すんだよ！』</p>
<p>
　と怒られるのかなと、恐る恐る電話に出ると、大きな声が響き渡った。</p>
<p>
　『おい、同じ病室に芍薬の花を栽培する立派な社長がいて、その様子がちょっと気の毒だから助けたい。ついては菅野も早く顔を出すように』</p>
<p>
　あまりにはっきりした物言いで、検討の余地すらなかったので、『了解しました』</p>
<p>
　と回答したわけだが、続けて、</p>
<p>
　『明日お前に引き合わせたい人が来るので来れるか？』</p>

<h3 class="m50-t">スケジュールの調整にてんやわんや・・</h3>
<p class="m20-t">
　今日の明日か、ちょっとスケジュールのやりとりは大変だけど仕方が無いなと思い、スケジュール調整をした。</p>
<p>
　そしたらその日の午後２時頃だったと思うが、また携帯電話が鳴った。</p>
<p>
　『念のために言っておくけど、引き合わせたい人が来るのは明後日の９月２日だからな。間違えないように！』</p>
<p>
　ときたもんだ。</p>
<p>
　なんか事情があって１日ずれたのだろうが、以前の通りの物言いに思わず苦笑いしながら、</p>
<p>
　『分かりましたよ。２日の木曜日ですね』ということで穏やかに電話を切ってからが修羅場だった。</p>
<p>
　せっかく調整したスケジュールを再度調整する必要が出てきたからだ。</p>
<p>
　まあ、せっかく頼ってきてくれたわけだし、何とかしようと結局調整が済んだ。</p>
<p>
　そして9月2日、予定通りにお伺いした。とても暑い日だった。</p>

<h3 class="m50-t">芍薬の花 10万本流通に向けて</h3>
<p class="m20-t">
　つくば研究支援センターでのセミナー開催の打合せで時間を取りたかったが、用件最小限のみでＯ氏のところへ向かったのだった。</p>
<p>
　病院をリハビリ病院に移していたＯ氏は身体が不自由そうだったが、気力に溢れ元気そうだった。</p>
<p>
　そして当の芍薬栽培の経営者を紹介され、また引き合わせしたいとの人も紹介され、勢いの良い言葉が並んだ。</p>
<p>
　『芍薬の花を10万本流通させないとな！』</p>
<p>
　『全国中央会連合会にも話が通じたので一気にいけるぞ！』</p>
<p>
　相変わらずの力強さだ。</p>
<p>
　『菅野、知恵を搾り出せよ！』</p>
<p>
　思わず、『はい喜んで』と勢いの良い返事をしている自分がいた。</p>
<p>
　引き合わせたい方というのは、前職の常務取締役をしていた方で、面識は無かったがやはり当時のことで少し盛り上がることができた。</p>
<p>
　その日は１時間弱お邪魔して帰路に向かった。</p>

<h3 class="m50-t">芍薬の花畑現地視察へ</h3>
<p class="m20-t">
　教訓となった出来事が起きたのは、9月11日（土）だった。</p>
<p>
　今週になってから朝一番Ｏ氏からの電話が毎日のように携帯に入り、なんか凄い勢いなのだ。</p>
<p>
　そして今度の土曜日に芍薬の花の現場を見に行くということだった。</p>
<p>
　自分は『<a href="http://www.e-consul.info/offer/ecp10/" target="_blank">雇用保険コンサルティング事業</a>』のアポがあり、終わってから向かう旨を伝えていたが、いつものように『14時半頃に来てくれよ』と、こちらの予定はあまり眼中に無いようだった。</p>
<p>
　従って自分は、やはり時間のやりくりに四苦八苦しながら調整したのだった。</p>
<p>
　そして『<a href="http://www.e-consul.info/offer/ecp10/" target="_blank">雇用保険コンサルティング事業</a>』の相談に入っている時に携帯が鳴り、当然出れないので後から留守電を確認すると、</p>
<p>
　『会社の若い人間たちが病院に来ているので14時半は厳しい。よって15時にしよう』ということだった。</p>
<p>
　自分もかなり自分勝手で有名であるが、逆の立場でこれほど翻弄されることは稀なのだ。</p>
<p>
　自分の立ち居振る舞いを逆の視点から学ばせてくれているのだろう。</p>
<p>
　仕方なく15時に到着するようにＯ氏宅に向かった。</p>

<h3 class="m50-t">現地で見た光景は・・</h3>
<p class="m20-t">
　奥さんの運転という状況でＯ氏が現れた。そして『よし行こう！　こちらの車で一緒に行こう』ということになり、車１台で現地に向かった。</p>
<p>
　道中、様々な話をしながら向かったわけだが、勢いのある２人の話のなかで奥さんが柔らかい物腰で相槌を打つように静かに笑っていたのが印象的だった。</p>
<p>
　細かい描写をするとあまりに長くなるので、端的に話を進めると、向かった現地は荒れ放題の畑だった。</p>
<p>
　病室で一緒だったというＳ氏のお宅に行き、それから１台の車で現地にみんなで向かったのだ。</p>

<h3 class="m50-t">西日に照らされた姿があまりに寂しそう</h3>
<p class="m20-t">
　『菅野、芍薬の花とハウスはどこにあるんだ？』</p>
<p>
　こちらが聞きたいよ、と内心思いながら、『分かりません・・』と回答すると、案内してくれたＳ氏が、『これです』と腐りかけた鉢を見せてくれ、愕然とした自分とＯ氏が佇んだ。</p>
<p>
　Ｏ氏曰く、『西日に照らされたお前の姿があまりに寂しそうだったよ』ということだが、自分も答えた。</p>
<p>
　『熨斗とリボンを付けてそのままお返ししますよ・・』</p>
<p>
　奥さんが照れ笑いをしていたのが忘れられない。</p>
<p>
　動きの早いＯ氏は、『全国中央会にこの状態を紹介したら、頭がおかしいと疑われるよＳさん』というわけで、ご本人にはっきりと伝えるＯ氏と、伝え聞いてがっくりするＳ氏、いつもなら人一倍うるさいと言われる自分も思わず静かに微笑を続けるしか方策が無かった。</p>

<h3 class="m50-t">それでも動くＯ氏には本当に敬服</h3>
<p class="m20-t">
　それでも終わらないＯ氏を本当に敬服する。</p>
<p>
　『Ｓさんはもう高齢だから、これからの話ができる息子に会いたい』ということで、息子さんのところに向かったのだ。</p>
<p>
　息子さんのところに急遽向かい、息子さんもあまり嬉しそうではなかったが、状況を良く聞くことが出来た。</p>
<p>
　そして、『これでは話が進まないですね。』と丁重に話を終わらせ、帰りの車中で、『これで中央会につないだら、俺の頭がおかしくなったと思われるな』とまじめに言ってきたので、</p>
<p>
　『大丈夫ですよ。恐らく元々おかしいと思われていますから・・』と返した。</p>
<p>
　そしたら、『西日に照らされたお前の姿があまりに寂しそうだったよ』と繰り返され、</p>
<p>
　『そうでしたか。熨斗とリボンを付けてそのままお返ししますよ・・』とオウムのようなやりとりが続いたのだった。</p>

<h3 class="m50-t">帰りの車中での会話からの深い気付き</h3>
<p class="m20-t">
　『菅野には借りができたな』</p>
<p>
　ときたので、『これで何回目になりますかね』と言うと、『初めてだろ？』と真面目に返すＯ氏を久々に心底から敬服した。</p>
<p>
　そして、せっかくだから晩飯でも食っていけということになり、甘えて夕飯を呼ばれて帰った。</p>
<p>
　奥さんとお嬢さんの手製の晩御飯で、たいそう美味しかった。ごちそうさまでした。</p>
<p>
　その帰路における車中の会話で、自分は久々にハンマーで頭をたたかれた衝撃を受けたのだった。</p>
<p>
　『人生は思い出作りだからな。神々は曲線でもって直線を引くと言うんだよ』</p>
<p>
　なんと懐かしい響きだったろう。26歳くらいの時にＯ氏より同じフレーズを聞いたことがある。</p>
<p>
　そうか、回り道こそが近道ということか、と悟った自分は、なんとも言えない気分に想いを馳せたのだった。</p>

<h3 class="m50-t">17～18年前にタイムスリップ</h3>
<p class="m20-t">
　25歳から26歳まで直接仕え、その後もことあるごとに魂の触れ合いをしてきたＯ氏だったが、時に殴られ、噛み付かれ、そしてあまりに有名な事件、『釣りは遊びじゃないんだぞ！』と大喝をされたＯ氏なのだが、こういう深みのある言葉を浴びせてくれるから自分にとっては師匠なのだ。</p>
<p>
　当時、『自分の進みたい道と全然違いますよ。まるで南に行きたいのに北に進んでいるようです。』と噛み付いた時に、</p>
<p>
　『北をそのままとことん進めば南になるんだよ！』と怒られたのを思い出す。</p>
<p>
　『リーダーは一番つらくなくてはダメなんだよ』と怒られたこともいい思い出だ。</p>
<p>
　指導の中で、冷水をかぶるということがあり、自分もやりますとか言いながら、三日坊主で終わったのを未だに白状していない。</p>

<h3 class="m50-t">この騒動が起きた本当の理由</h3>
<p class="m20-t">
　最近の自分は、なかなか思い通りに進まないことにイライラすることが多かったが、回り道が近道である真実、それを『神々は曲線でもって直線を引く』という見事な表現で教えてくださったＯ氏に、爽やかな気付きを覚えたのだった。</p>
<p>
　そうか、これを教えてくれるために今回の騒動があったのか、と思うと妙に深く納得した自分だった。</p>
<p>
　『神々は曲線でもって直線を引く』</p>
<p>
　この精神は自分の肝に銘じなければと痛感した。</p>
<p>
　加えて感じたのが、困った人を目の前にして黙っておかない義侠心と行動力、そして病室でも闘い続けているあの気力。</p>
<p>
　果たして今の自分はああした義侠心と行動力に欠けているのでは無いか、闘う男として存在していないのでは無いかと、密かに深く反省させられた。</p>

<h3 class="m50-t">日本の問題点の縮図を見たような気がした</h3>
<p class="m20-t">
　そしてもうひとつ、あの荒れた農地、後継者のいない農業の世界の苦悩、なんか日本の問題点の縮図を見たような気がして、どうにも印象的な風景だった。</p>
<p>
　芍薬の花については以下のリンク先を参照していただきたい。</p>
<p class="al-c"><a href="http://e-consul.info/v/410" target="_blsnk">芍薬 （しゃくやく）</a></p>
<p class="al-r">（<a href="http://e-consul.info/v/409" target="_blsnk">季節の花　３００</a>　より）</p>
<p class="m50-t">
　それにしても、久々の騒動だった。</p>
<p>
　『菅野には借りができたな。返さなくてはな。』と仰っていただいたお心に免じ、しっかりと文字に残しておこうと考えた次第だ。</p>
<p>
　ふっ、これで今回のダンスは終わりだが、まだまだ旅は終わらない。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大蔦勝威先生主催の勉強会・霞クラブに参加して</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/friends/kc001/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.952</id>
   
   <published>2010-08-20T05:29:30Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>平成22年8月18日（水）19時より日本記者クラブにて、大蔦先生が主催する勉強会の発足会に立ち会った。ワールドサポートカンパニー・内田さんと友人の太田君が仕掛け人の勉強会だ。名称を『霞クラブ』とされた。この講師でこの内容、本当にこんな値段でいいのと感じた。通常なら１回２０万くらいじゃないのと友人の弁だった。価値の高い勉強会である。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="友人つながり" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　平成22年8月18日（水）19時より、<strong>日本記者クラブにて、大蔦先生が主催する勉強会の発足会に立ち会った。</strong></p>
<p>
　自分がかなり親しくさせていただいている、ワールドサポートカンパニー・内田さんが仕掛け人の勉強会だ。</p>
<p>
　もう一人の友人である太田君もどうやらその仕掛けに立ち会っていたようであり、その二人が主催するとなっては、無条件で参加するのは当然だった。</p>
<p>
　<span class="box-yellow b">大蔦先生が、名称を『霞クラブ』としたとのことだった。</span></p>
<p>
　総勢10名くらいのスタートであり、知らない者通し、固めの滑り出しだったのはやむをえないだろう。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m30-t">大蔦先生について</h3>
<p class="m20-t">
　大蔦先生については、その偉大なプロフィールを下部に掲載しておく。</p>
<p>
　大蔦先生にご挨拶を申し上げると、最初は丁重な紳士だった。</p>
<p>
　会の中でレクチャーが始まると、<span class="blue b">それは声が大きく、幾多の修羅場を抜けてきた、そして偉大な経営者に接してきた、その気迫がビンビンと伝わってきた。</span></p>

<h3 class="m50-t">オーダーメード勉強会</h3>
<p class="m20-t">
　当初聞いていたのが、『オーダーメード勉強会』であるということだった。</p>
<p>
　要は、<strong>参加者から勉強したいことを聞き、それを題材にして進めていくということで面白そうでもあったわけだ。</strong></p>
<p>
　第一回の今回は、講師の大蔦先生が選んだジャブの講義内容は次の２テーマについてだった。</p>
<ul class="m20 p30-l b">
<li>１．為替介入の財政への影響</li>
<li>２．創業家として息子を切った初めての経営者</li>
</ul>
<p>
　また松下電器の秘話なども披露していただいた。</p>

<h3 class="m50-t">創業家として息子を切った初めての経営者</h3>
<p class="m20-t">
　２の『創業家として息子を切った初めての経営者』というのは、ブリジストンの創業者である石橋正二郎氏の話であり、石橋正二郎氏はマスコミ嫌いでとにかく有名だったようで、<span class="blue b">大蔦先生がなぜか一人気に入られていた</span>とのことだった。</p>
<p class="b">
　現存しているジャーナリストでは、石橋正二郎氏に直接お会いした唯一の人間ではないかと仰っていた。</p>
<p>
　長男の幹一郎氏を社長から会長にした時に、創業家以外の方が社長になられたとのことだが、それは幹一郎氏に引導を渡したという表現を使っておられた。</p>
<p>
　そしてその時に、各社がこぞって取材を申し込むも当然のように断られ、たった一人、今回の講師であられる大蔦先生だけがその内容をとくと聞くことができたとのことだった。</p>
<p>
　内容は大蔦先生の許可をいただいていないので掲載しないが、<span class="box-yellow b">経営者の重い使命を果たしたその心中等を伺うことができ、凄く興奮した。</span></p>

<h3 class="m50-t">為替介入の財政への影響</h3>
<p class="m20-t">
　また１の為替の話も大変生々しく、しかも面白く、さすがに生きた経済は面白いと、こちらも興奮した。</p>
<p class="b">
　なにせ出てくる名前が、元日銀総裁のだれだれ、大蔵省・財務官だれそれ、といった具合であり、為替介入時の意思決定システムもリアルにお伝えいただいた。</p>
<p>
　自分はマクロ経済は好きだったが、今の仕事に埋没する中で、<span class="box-yellow b">久々に生きたマクロ経済の話を聞けて、なんか凄く新鮮だった。</span></p>
<p>
　久々に経済の勉強をし直そうかと思ったりした。</p>
<p>
　凄く良い話、良いテーマなので時間が過ぎるのが本当に早く、もうこんな時間かよといった感じだった。</p>

<h3 class="m50-t">知識を見識・胆識たらしめるため</h3>
<p class="m20-t">
　誰にでも噛み付く菅野と異名をとる自分にとって残念だったのが、自分たちが質問できる時間も無かったということだった。</p>
<p>
　やはり<span class="box-yellow b">知識を見識・胆識たらしめるために、エッセンスの自分なりの抽出が必要であり、その点、質疑の時間はいただきたかった。</span></p>

<h3 class="m50-t">次回の内容は旭化成中興の祖・宮崎輝氏</h3>
<p class="m20-t blue b">
　次回は大蔦先生が最も尊敬し、また親しくされた経営である旭化成中興の祖・宮崎輝氏に決定した。</p>
<p>
　宮崎輝氏については、良く勉強をした上で臨み、知りたいことをぜひ質問させていただきたいと考えた次第だ。</p>
<p>
　この講師でこの内容、本当にこんな値段でいいの！</p>
<p>
　と感じた。</p>
<p>
　通常なら１回２０万くらいじゃないのと友人の弁だった。</p>
<p class="b">
　価値の高い勉強会だね。</p>

<h3 class="m50-t">樋口氏にも興味びんびん</h3>
<p>
　ちなみに一級建築士であられる樋口氏も参加されており、事前に内田さんから伺っていたわけだが、思ったより数段素晴らしい方で、もっと深くコミュニケーションをとってみたかった。</p>
<p>
　どうしても建築したい自分の夢として、</p>
<p>
　『駆け込み寺』と『ホスピス』を上げていられたあたりが、たいへん興味を抱かされた。</p>
<p>
　情報ビジネスのビジネスモデルも読み解いたとのことなので、凄い方だ。</p>
<p>
　素晴らしい講師陣に、やる気満々の受講生たち、これからの進展に目が離せない。</p>
<p class="m60-t al-c">
　居酒屋の青春が無かったのが残念か・・</p>

<p>
　では大蔦先生のプロフィールを貼っておく。</p>

<div class="al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/ootsuta.jpg" width="396" height="584" alt="大蔦勝威氏の歴史" /></div>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>厚生労働省委託 コンサル事業の重点指導員を拝命</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/business/koyou-consul/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.945</id>
   
   <published>2010-07-28T10:06:20Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>このたび厚生労働省受託の「雇用保険コンサルティング事業」の平成22年度重点指導員を拝命いたしました。雇用保険コンサルティング事業とは、厚生労働省の委託を受けて中小企業経営者に雇用保険制度による助成金・給付金等のご相談を無料で行うものです。懸命に厚生労働省委託事業「雇用保険コンサルティング事業」を頑張りぬく所存です。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="ビジネス日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　このたび厚生労働省受託の「雇用保険コンサルティング事業」の平成22年度重点指導員を拝命いたしました。</p>
<p>
　雇用保険コンサルティング事業とは、厚生労働省の委託を受けて全国社会保険労務士会連合会に登録された、雇用保険重点指導員（社会保険労務士）が中小企業経営者の皆様に雇用保険制度による助成金・給付金等のご相談を無料で行うものです。</p>
<p>
　<span class="box-yellow b">厚生労働省関連の助成金は約60種類準備されており、経営課題の解決に資するような施策がかなりの数用意されております。</span></p>
<p>
　しかし数がたくさんあることで、理解が困難な状況となっていることも事実です。</p>
<p>
　この事業を通じまして、<span class="box-yellow"><strong>中小企業に関連が深く、利用価値のありそうな、会社にぴったりな助成金を選ぶお手伝いをいたします。</strong></span></p>
<p>
　厳しい経営環境が続く中、会社の<strong>経営課題について共に戦う姿勢でご相談に応じ、勝ち残る経営策の一環として、公的助成金を活用した積極的なマネジメントのご提案</strong>をさせていただきます。</p>

<p class="link-next">→　<a href="http://www.e-consul.info/offer/ecp10/" target="_blank">平成22年 雇用保険コンサルティング事業（助成金の無料相談）</a></p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">後援団体について</h3>
<p class="m20-t">
　今回は多大なご理解を賜り、以下の団体様にご後援をいただきました。</p>
<p>
　本当にありがとうございました。</p>

<h3 class="m30-t">平成22年度「茨城県雇用保険コンサルティング事業」後援団体一覧</h3>
<ul class="m30 p30-l">
<li>茨城県</li>
<li>茨城労働局</li>
<li>財団法人茨城県中小企業振興公社</li>
<li>茨城県中小企業団体中央会</li>
<li>茨城県商工会議所連合会</li>
<li>茨城県法人会連合会</li>
<li>茨城県商工会連合会</li>
<li>茨城県中小企業家同友会</li>
</ul>

<h3 class="m50-t">後援をいただいた背景の思想</h3>
<p class="m20-t">
　雇用の安定に役立つために、この事業に傾注して少しでも中小企業の採用意欲が刺激され、若者の働く場が増えることを望んで諸団体様にはお話をさせていただきました。</p>
<p>
　雇用問題・労務管理・人事管理のプロである社会保険労務士が、中小企業の雇用面でのノウハウやソフトという側面でのサポートを通じ、地域の雇用に少しでも寄与したいとの願いを込めまして、当該事業の後援名義使用の申請をさせていただいたわけです。</p>

<h3 class="m50-t">雇用をとりまく背景</h3>
<p class="m20-t">
　リーマンショック以降の景気情勢は非常に予断を許さぬ状況であり、金融や財政、雇用対策等でせっかく一息つきかけてきたところに、ギリシアの財政破綻問題が明るみになり、企業の投資意欲はまだまだ上向きません。</p>
<p>
　企業における先行投資も少し増えたかと思いきや、内容を見ますと海外への投資が増えていることが確認され、内需拡大に寄与する情勢をまだ認識できずにおります。</p>
<p>
　そうした企業の情勢を受けて、現在の雇用環境は最悪期にあると認識できます。</p>
<p>
　大学卒業見込者も就職に大きな不安を抱え、専門学校生や高校生に至っては、本当に自分たちは就職できるのだろうかという、懐疑的な気持ちに支配されていると言っても過言ではありません。</p>
<p>
　<span class="box-yellow b">働きたい若者が働けない世の中が果たして正常なものなのだろうかと疑念を挟まざるを得ない</span>ところであります。</p>
<p>
　かかる状況下、政府の緊急雇用対策等で各種予算が計上され、地域においても有効な対策となりえておりますが、<span class="blue b">中小企業においては、その浸透が完全では無い</span>と認識されます。</p>
<p>
　それは偏に中小企業において、総務機能等の間接業務を担う部署が、人材が不十分などを理由に機能が強化されていないためと考えております。</p>
<p>
　助成金・補助金なども矢継ぎ早に発表されておりますが、<span class="b">その内容を咀嚼し、必要書類を適正に準備する機能が弱いところが、中小企業が助成金・補助金を有効に活用できない原因と捉えられます。</span></p>
<p>
　それが、ひいては雇用対策が軌道に乗り切れない遠因では無いかと想像するわけです。</p>

<h3 class="m50-t">雇用保険コンサルティング事業の2010年度の推進について</h3>
<p class="m20-t">
　社会保険労務士会においては、意義の大きい雇用保険コンサルティング事業をより大切にすべく、<span class="box-yellow b">本年度は重点指導員として、茨城県社会保険労務士会ではのエース級を投入し活性に繋げようと図った</span>ということです。</p>
<p>
　エース級などと表現され、赤面の至りであります。</p>
<p>
　重点指導員は県南部と県北部のバランスを考慮し以下の２人が任命されました。</p>
<ul class="m30">
<li>菅野労務ＦＰ事務所・所長　菅野哲正（石岡市）</li>
<li>藤枝経営労務コンサルタント事務所・所長　藤枝弘行（日立市）</li>
</ul>
<p class="b">
　指導員は労務問題の解決はもとより、助成金・補助金を活用した本業強化についてのアドバイスが要求されます。</p>
<p class="red b">
　自分は経営者向けの機関紙において、「助成金を活用した企業活性」を連載執筆した実績を持ちます。</p>
<p>
　助成金の申請にあっても、会社の整備力・総務力アップの一助として活用することや、助成金申請は取引であればこそ、書類自体も信用力の担保であるとの強力な説得力を持ち、来たる上向きの時代の推進となるようなヒントを縦横無尽に与えられるものと確信するところであります。</p>
<p>
　この雇用に陰を落としている現状において、中小企業の経営者が、忌憚なくご相談をいただくのに最適な人選を進め、雇用自体の起爆に繋がるような手立てを講じたとされておりますので、期待に沿えるように努力する所存です。</p>

<h3 class="m50-t">まちづくり、地域活性の鍵は雇用安定</h3>
<p class="m20-t">
　言うまでもないことでありますが、まちづくりや地域活性のキーワードは雇用の安定ではないでしょうか。</p>
<p>
　働く場所があり、生計に困らないからこそ地域が活き活きと活性されるだろうと思われます。</p>
<p>
　日々の生活が脅かされる状況下では、地域生活は不安定になり、そして治安までをも揺るがします。</p>
<p>
　犯罪発生の高い先進国を観察しましても、貧困街に犯罪発生率が高いことからも覗える通りに、地域の安定の第一は雇用の安定だと言えるのではないでしょうか。</p>
<p>
　現在国は矢継ぎ早に雇用対策の施策を打ち、この状況を打破しようとする意図が十分に感じられます。</p>
<p class="blue b">
　その雇用に対して計上された財源を生かすも殺すも、現場でその施策に接する企業の理解と姿勢に集約されるといっても過言ではありません。</p>
<p>
　中小企業の現況におきましては、人材がまだ十分ではありません。</p>
<p>
　経営者をサポートしたり、総務・経理系の人材が手薄だったり、現場作業における人材も不足している企業もあります。</p>
<p>
　職を求める人たちも、ややもすれば知名度やイメージで企業を選んでいるところもなきにしもあらずで、<span class="box-yellow b">求職・求人のマッチングは完全では無い</span>というのが、企業経営者をひとマネジメント分野でサポートしている我々社会保険労務士の感覚であります。</p>
<p>
　中小企業においても、もし助成金というもが十分に理解されていれば求人につながる可能性もあり、あるいは現存の従業員の戦力化も助成金等を活用することで果たせる可能性が高いものであります。</p>
<p>
　何事もそうでありますが、まずは制度に対する理解と、自社の的確な分析こそが第一のスタートであるように考えます。</p>
<p>
　そうした中小企業の雇用についての助成制度の理解を支援すべく、当該事業が行われておりましたが、周知等が十分ではなく、本当に支援しなくてはいけないような中小企業等がありえるように思えてならないわけです。</p>
<p>
　また企業においては、人材が全てであり、<span class="box-yellow"><strong>たった一人の有能な才能を採用できれば企業がガラッと変容を遂げることも珍しくはありません。</strong></span></p>
<p>
　そうした企業活性、ひいてはまちづくり、地域活性の鍵を握るのが<span class="blue b">雇用安定</span>であり、その施策についての周知活動は、今の時勢にありまして、大きな価値を持ち、この時期であればこそ、乾坤一擲の取り組みが望まれているように感じております。</p>

<h3 class="m50-t">人材はすべての成長の原動力</h3>
<p class="m20-t">
　人材は成長の原動力であり、教育、スポーツ、文化など様々な分野で、国民一人ひとりの能力を高めることが、社会の成長につながるものだと思います。</p>
<p>
　さらに、地域の活性化に向け、真に必要な社会資本整備については、民間の知恵と資金を活用して戦略的に進めるとともに、意欲あふれる中小企業を応援することが必要です。</p>
<p>
　様々な政治家の公約等をみましても、雇用については大きな鍵という認識が見て取れます。</p>
<p>
　社会を安定させようとしましたら、まずは雇用というキーワードはなるほどと合点せずにはおれません。</p>
<p>
　若者が安心して仕事に向ける社会に向けて、課題は山積しているものの、<span class="b">まずは国策をきちんと現場レベルで十分に理解し、その中で、打てる手立てを着実に積み上げる以外にはありえないと思われます。</span></p>
<p>
　懸命に厚生労働省委託事業「雇用保険コンサルティング事業」を頑張りぬく所存です。</p>

<p class="link-next">→　<a href="http://www.e-consul.info/offer/ecp10/" target="_blank">平成22年 雇用保険コンサルティング事業（助成金の無料相談）</a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>平尾誠二氏の講演での学び　なんとかするのがマネジメント</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/hirao/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.941</id>
   
   <published>2010-07-11T07:00:47Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>ラグビーファンなら見逃せない平尾誠二氏の講演が平成22年7月10日（土）に行われ駆けつけて拝聴させていただいた。「マネジメントの最たるものはなんとかすることである」という下りに大いに合点させられ、強い組織の条件について「強い組織は多少の矛盾や理不尽さが残っている組織である」の自説にも大きく納得させられた。本当に良い講演だった。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　平尾誠二氏の講演が茨城県土浦の陸上自衛隊かすみがうら駐屯地で行われ、急ぎ駆けつけて拝聴してきた。</p>
<p>
　昨日の平成22年7月10日（土）だったが、ラグビーファンなら見逃せない講演だろう。</p>
<p>
　最後のほうでお話をされた、<br />
<span class="box-yellow"><strong>「マネジメントの最たるものは“なんとかする”ことである」</strong></span>という下りに大いに合点させられ、強い組織の条件について<span class="box-yellow b">「強い組織は多少の矛盾や理不尽さが残っている組織である」</span>の自説にも大きく納得させられた。</p>
<p>
　案内をもらったのがその２～３日前であり、石岡ラグビースクールのコーチからのご案内だった。</p>
<p>
　仕事が入っていたがお客さんを誘って会場に入った。</p>
<p>
　ちょっと場所がいまいち分からず、やや遅刻して入ってしまい残念だった。</p>
<p>
　自分は平尾氏の本も２冊読んだし、山口良治先生の本は４冊くらい読んでいる、いわゆるスクールウォーズ世代の山口先生大好き人間だ。</p>
<p>
　以前お伺いした山口先生の講演についてもブログで紹介したことがある。</p>

<p class="link-next">→　<a href="http://nk.e-consul.info/privacy/post_45.html" target="_blank">山口良治先生の講演を聞く（信は力なり）</a></p>
<p>
　平尾さんの講演は聞いたことが無く、心を躍らせて会場に入ったが、本当に良い話だった。</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m30-t">すでに講演が始まっており残念</h3>
<p class="m20-t">
　会場について始めて知ったのだが、青年会議所（ＪＣ）の関東地区大会の一環として行われていたのでびっくりした。</p>
<p>
　自分も青年会議所（ＪＣ）卒業だったので、なんとなく合点した。</p>
<p>
　さて、平尾さんの講演で良かったことを備忘代わりに掲載しておこう。</p>
<p>
　お題をはっきりと覚えていないのだが、<span class="blue b">内容は「リーダーシップ」について</span>のものだった。</p>

<h3 class="m50-t">平尾誠二氏の驚くべき経歴</h3>
<p class="m20-t">
　平尾さんの活躍は本当に華々しく、高校３年生の時に伏見工業で、あの全国制覇を成し遂げわけだが、その後、同志社大学ラグビー部時代には史上初のラグビー大学選手権３連覇に大きく貢献されており、極めつけは、神戸製鋼にて日本選手権での７連覇は記憶に新しい。</p>
<p class="b">
　なんとラグビーにおいて、１１度日本一を経験されているわけだ。</p>
<p>
　本当に凄い方で、近くで見るともの凄く格好良かった。</p>
<p>
　なんとも格好良すぎる47才という感じだった。</p>
<p>
　話もテンポ良く聞きやすくて、内容もとても参考になった。</p>
<p>
　前述の通りすでに講演が始まっており、話の内容は山口先生の指導内容からだった。</p>
<p>
　いかんせんメモも取っていないので、内容がぴたっと当てはまらないかも知れないが、平尾さんがもしご覧になる機会があった時にはご容赦願いたい。</p>

<h3 class="m50-t">伏見工業時代の山口先生との邂逅</h3>
<p class="m20-t">
　３年時に平尾さんはキャプテンをやられていたわけだが、とある試合のシーンを回想されていた。</p>
<p>
　前半結構な差をつけて勝っていたようだが、ハーフタイムに山口先生が、</p>
<p>
「お前ら、今の試合は日本一に近づいたのか、それとも遠ざかったのか？」</p>
<p>
　と問われたようで、なんとも返答に苦しんでいたそうだ。</p>
<p>
　そしたら、</p>
<p class="black b">
「今の自分の力の10全てを出し切らないと、人間に力は蓄えられていかない。10の力を６とか７しか出さない奴はどんどんと力が小さくなるんだ。お前たちは力を出し切っていない。すべての力を出し切れ！」</p>
<p>
　と喝を入れられたそうだ。</p>
<p class="b">
　なんと選手全員にビンタが飛び交ったようである。</p>
<p>
　山口先生が熱血先生であることは良く窺い知ることができるのだが、往年を生々しく語っていただいたのは、本当に嬉しかった。</p>
<p>
　そのビンタも、山口先生の手が常人の倍くらい厚いらしいので、痛いのを通り越して脳震盪を起こすような衝撃だったらしい。</p>
<p>
　しかも右から左に全員にビンタを張り、さあ終わったかと思うと、なんと左から右に往復指導に至ったらしい。</p>
<p>
　う～ん、強烈だ。</p>
<p>
　その試合は後半70点を越す得点を上げて大勝したらしいが、相手チームはびっくりしたことだろうと回想されていた。</p>
<p>
　なにせ勝っている相手が、試合の途中でビンタを張られて、しかも後半に鬼気迫るような勢いでさらに攻撃を仕掛けたわけだから・・</p>

<h3 class="m50-t">リーダーは怒られ方が重要</h3>
<p class="m20-t">
　そしてリーダーは怒られ方も重要だと仰られた。</p>
<p class="black b">
　張り倒され方が堂々としていないと、周囲に示しがつかずリーダーとしては失格だということだった。</p>
<p>
　確かに、殴られるときに逃げ腰では覚悟が伝わっていかないだろうなと合点した。</p>
<p class="m30-t">
　平尾さんにとって、山口先生との出会い・邂逅はとてつもない大きな財産だったことが話から伝わってきた。</p>
<p>
　逆の視点から考察すると、山口先生もまた、平尾さんというスーパープレーヤーが教え子にいたことは、これまた至上の幸福だったに違いない。</p>
<p class="red b">
　一流の人間同士の切磋琢磨を思い浮かべ、なんとも胸が熱くなった。</p>

<h3 class="m50-t">本気の覚悟に人はついて行く</h3>
<p class="m20-t">
　平尾さんは山口先生の覚悟について、あのような覚悟に人はついていくものだと仰られた。</p>
<p>
　世の中には正しいことを言えばついてくるだろうと思っている人もいるが、それは誤りで、多少危険の匂いがあっても、<span class="box-yellow"><strong>リーダーのその覚悟に人はついていくような気がする</strong></span>と述べられていたが、本当にそうだと思う。</p>
<p>
　心の底から「覚悟」することはそんなに簡単では無いが、自分も自身の覚悟を点検しなくてはと思った。</p>

<h3 class="m50-t">同志社大学時代の岡先生との邂逅</h3>
<p class="m20-t">
　続いて同志社大学時代の岡監督の話に触れられ、このパートも面白かった。</p>
<p>
　入学してすぐに声を掛けられ、</p>
<p>
「君はラグビーが好きか？」「どのくらい好きなんだ？」</p>
<p>
　と質問され、「三度の飯よりも好きです」と平尾さんは答えたらしい。</p>
<p>
　それも凄いよな、と思う。</p>
<p>
<span class="b">「好きなことは良い事だ。好きであればこそ、努力するし、努力のための時間を惜しまないし、成長する第一歩は好きなことにある。」</span>ということだったらしい。</p>
<p>
　その後同僚の話を交えられ、好きであることの大切さが諄々と伝わってきた。</p>
<p>
　平尾さんは１年の初期の頃から試合に出て活躍されていたそうだが、その岡監督がまた素晴らしい奥深い監督だったことが述べられた。</p>
<p>
　平尾さんの完璧なプレーに対して、「お前のプレーは面白く無い」とだけ評して冷たくされていたらしい。</p>
<p>
　それでも試合に出し続けていたところが期待の現われだったのだろう。</p>
<p>
　とある雨の日の試合に大きな気付きがやってきたそうだ。</p>
<p>
　ベンチから試合を見ており、隣に岡監督が観戦していたということだった。</p>
<p>
　とある選手が雨の中のプレーということもあり、ボールを滑らせてエラーし、相手にボールを奪われた挙句に失点につながったとのこと。</p>
<p>
　そのシーンで終始無言だった岡監督が平尾さんに対し、ミスをしてしまった選手について、</p>
<p>
「あいつ今何考えているだろうな？　お前だったら何を考える？」</p>
<p>
　と問われたらしい。</p>
<p>
　ちょっと時間をとって考えて、</p>
<p>
「雨の日だからもっと慎重に確実にボールを扱わなければいけなかったなぁと思っていたと思います。」</p>
<p>
　という答えに対して、また無言の時間が続いたらしい。</p>
<p>
　思い余って平尾さんが、</p>
<p>
「先生、あの場面は何をどう考えればいいんですか？」</p>
<p>
　と逆に問うたらしい。そしたら、</p>

<h3 class="m50-t">平尾氏の一皮向けた瞬間</h3>
<p class="m20-t red b">
「反省なんかしている暇は無い。時間は否応なしに過ぎていく。すぐに気持ちを切り替えて、猛々しく勝利に向かわないといけない。」</p>
<p>
「ミスしたあいつのプレー・姿勢を見ていて勝てると思うか？」</p>
<p>
　とても勝てそうな気がしなかったらしい。</p>
<p>
　そこで大きな気付きがあったということだった。</p>
<p>
　自分はいつも反省していた。<br />
　<span class="b">気持ちをすぐに切り替えて猛々しく勝利に向かわなければ・・</span></p>
<p>
　というような感じだったと思う。</p>
<p>
　そしていつも型破りのプレーをしてはチャンスをつぶし、ピンチを拾ってくる選手を引き合いに、</p>
<p>
「あいつのプレーは面白い。全く予想できないし、想像できない。本当に面白い。」</p>
<p>
　ということだったらしく、そこで平尾さんの頭ではなく、感情にスイッチが入ったらしい。</p>
<p>
「よし、俺も下手に考えずに思い切りやりたいようにやってみよう」と。</p>
<p>
　そして次の試合のときに、ご本人の弁によると、本当に滅茶苦茶やってみたらしい。</p>
<p>
　先輩たちには、「お前大丈夫か？」とか言われたらしいが、岡監督が「今日は良かったぞ」と珍しく褒めて下さったとのこと。</p>
<p>
　そして、続けて諭したようだ。</p>
<p>
「何事も計算どおりに行くことは少なく、勝利に向かって咄嗟に違った手を打たなくてはいけないが、その手は全て自分の経験値にある。自分の経験値を超えてできることは無い。」</p>
<p>
　と言われ、そこで一皮向けた感覚に襲われたようだった。</p>
<p class="blue b">
「戦略・戦術は知性と感情のバランスの中にある」</p>
<p>
　いわゆる本能的な野生の感覚をも研ぎ澄ませておかないと、もっとハイレベルな戦いでは残れないという岡監督の考えがあったのだろうが、それをもがき続けた平尾さんが、その真意を悟り、一皮向けていったということなのだろう。</p>
<p>
　その後事実、同志社大学は、ほとんど負け無しの黄金時代となったわけだ。</p>
<p>
　伝えるほうも、伝えられるほうも、互いにハイレベルな感性を持っていないとありえない話だったのだろうと思われる。凄いストーリーだ。</p>

<h3 class="m50-t">マネジメントの最たる本質は「なんとかする」</h3>
<p class="m20-t">
　さて、最後にお伝えいただいたことは、</p>
<p class="black b">
「マネジメントの最たるものは、“なんとかすること”」ということだった。</p>
<p>
　なんか本質をずばり衝いており、本当にそうだよな、と感じた。<br />
　腹に落ちたという感じかもしれない。</p>
<p>
　山口先生がピンチの時に、<span class="black b">「平尾！　なんとかせい！」</span>という話の中から、</p>
<p class="blue b">
　なんとかしようと本気になれば、全知全能をかけて、その事態の収拾にあたるだろうということだった。</p>
<p>
　シンプルではあるが、「なんとかする」、これはマネジメントが何たるかを見事に表現しているなぁと感激した。</p>
<p>
　そうなのである、我々は、今を、その場を「なんとかしなくてはいけない」のである。</p>
<p>
　言いえて妙であり、耳にずしっと残った「なんとかする」だった。</p>

<h3 class="m50-t">強い組織には矛盾と理不尽さがある</h3>
<p class="m20-t">
　あと印象的だったのが「強い組織」についての持論だった。</p>
<p>
　強い組織には、ある種の矛盾、多少の理不尽さが残っていて、それに耐えうる組織であると。</p>
<p class="b">
　いわく、人間努力無しで簡単に手に入るものはすぐに失ってしまうものであり、本当に苦労して努力して手に入れたものは、なかなか去っていかないと。</p>
<p>
　本当にそうだよなと痛感した。</p>
<p>
　従って、強い組織には、ある種の矛盾、多少の理不尽さが残っているものだろう。</p>
<p>
　平尾さんは恐らくあらゆる組織を自分の実体験はもとより、あのクレバーな眼力で研究された方だろうから、凄く説得力があった。</p>

<h3 class="m50-t">何回も会いたくなる人の条件</h3>
<p class="m20-t">
　最後の結びには、会って面白い人の条件をお伝えいただいた。</p>
<p>
　会うたびにいつも違う話をする人は、絶えず前進・進化している証拠であり、毎回違った話をする人は会っていて飽きないということであり、</p>
<p>
　かつ話しに熱を帯び、時間も忘れてしまうような熱を伝えてくる人は何回でも会いたいということだった。</p>
<p>
　自分も平尾さんにいつか直接お会いしてご指導いただけるように、進化し続けられる人間になろうと決意した。</p>

<h3 class="m60-t">集客がいまいちだったのが残念</h3>
<p class="m20-t">
　しかしせっかくの素晴らしい講演にもかかわらず、人数が少し寂しかったのが残念だった。</p>
<p>
　さすが青年会議所（ＪＣ）だというところか。</p>
<p>
　ＪＣマンが入らないなら、一般の人にしっかり告知して、会場を満員にしないといけないと思うよ。</p>
<p>
　それが一流の講演に対する礼儀だろうに・・</p>
<p>
　もっと平尾さんの講演なら聞きたい人が沢山いたろうに・・</p>
<p>
　そして外で退屈そうにしていたＪＣマンは、せっかくの大チャンスを自ら捨ててしまっていることに気付きもしないのだろう。</p>
<p>
　そのへんだけが残念だった。</p>
<p class="m60-t">
　しかし時間が窮屈な中で慌てて向かったが、お話を伺えて本当にありがたく幸せだった。</p>
<p>
　やはり超一流の方は、立居振る舞いから話の内容まで、とてつもなく素晴らしいと感動した講演だった。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>2010年の寅年はどんな年になるのか？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/business/start2010/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.866</id>
   
   <published>2010-01-06T03:29:46Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>今年の2010年は寅年である。自分は後厄も抜けた年となり、大いに期するところがあるわけだが、久々に身体を鍛え、太った身体を絞るつもりである。会社設立もしたことだし、ビジネスを大いに飛躍させたいと願っている。このような時代にあって、元気良く毎日迎えたいものだ。「日は昇る」の精神で、本年を元気良く過ごし切ろうと思う。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="ビジネス日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　今年の2010年は寅年である。</p>
<p>
　早いもので、2000年も２桁に突入である。</p>
<p>
　自分は後厄も抜けた年となり、大いに期するところがあるわけだが、今年は、どんな寅年になるのか・・・</p>
<p>
　<span class="box-yellow b">自分のことで言えば、久々に身体を鍛え、太った身体を絞るつもりである。</span></p>
<p>
　そして、<strong>会社設立もしたことだし、ビジネスを大いに飛躍させたいと願っている。</strong></p>
<p class="m50-t al-c">
　2009年の象徴の漢字は「変」だった。</p>
<p>
　景気が停滞する中、様々な「変」が起きた。</p>
<p>
　新年を迎えると、「今年はこれをやろう！」との新たな闘志が湧いてくるものだ。</p>
<p>
　業績の良い経営者の秘訣は、元気だそうだ。</p>
<p>
　元気がいいから業績がいいのか、業績がいいから元気なのか、その順番は分からないが、このような時代にあって、元気良く毎日迎えたいものだ。</p>
<p>
　<span class="box-yellow b"><strong>「日は昇る」の精神で、本年を元気良く過ごし切ろうと思う。</strong></span></p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m30-t">寅の話</h3>
<p class="m20-t">
　寅と聞けば、虎を連想するかもしれないが、十二支の動物はたんなるシンボルであって、虎そのものとは関係が無いそうだ。</p>
<p>
　俗説として『寅』年は荒れる、激しい社会現象や異常気象も多い、といわれているようだが、どうなのだろうか？</p>
<p>
　ちょっと調べてみたが、特段に寅年が荒れるということも無く、どの年にも、自然災害や凶悪事件は起きているものだ。</p>
<p>
　下部に、調査した寅年の出来事を記載しておくので参考にして欲しい。</p>
<p>
　『寅』年は荒れる、激しい社会現象や異常気象も多い、と言われるのは、それは猛獣である虎のイメージから来た迷信ではなく、本来の『寅』の意味から生まれた風水の一説ともいえるものらしい。</p>
<p>
　『寅』の本来の意味は、季節でいえば春の始まりである２月であり、時刻でいえば夜明け前（午前３時から午前５時）を示している。</p>
<p>
　人間でいえば、生まれる前の胎児、植物でいえば、芽が地中にある種の状態、ということができる。</p>
<p>
　つまり、『物事が始まる直前の、やっと形が定まり始めた状態』を示しているようだ。</p>
<p>
　だから、混沌とした状態、『荒れる』といわれるようになったのではないだろうか。</p>
<p>
　前の寅年（1998年・平成8年）には山一證券が破綻し、金融危機に突入、失われた世代というような時代に入った。</p>
<p>
　その前の寅年は昭和61年（1986）だから、バブルに向かったことが思い返される。</p>
<p>
　ちなみに、自分は昭和61年は、高校を卒業し、大学に入学した年である。<br />
　なんか浮かれていたよな。</p>
<p>
　そういう意味では、新たな方向に向かっていくような年でもあるので、今度はどんな世相に舵が切られるのか大いに気になるところだ。</p>
<p>
　昔の人はこうした『寅』の意味をよく知っていたので、何か物事を始める時は『寅』の時刻から着手したり、寅月、寅日をジンクスとして使っていたものと思われる。</p>

<h3 class="m50-t">過去の寅年できごと</h3>
<p class="m20-t b">
1998年</p>
<p class="m15-l">
長野冬季オリンピック開催、和歌山毒物カレー事件、新民主党結成、山一證券破綻、FIFAワールドカップフランス大会・日本が初出場</p>
<p class="m20-t b">
1986年</p>
<p class="m15-l">
スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故、フィリピンのマルコス大統領が国外脱出、男女雇用機会均等法施行、泉重千代さんが120歳で死去、岡田有希子飛び降り自殺</p>
<p class="m20-t b">
1974年</p>
<p class="m15-l">
ミスター・神様・長嶋茂雄さん現役引退、原子力船むつが放射線もれ事故</p>
<p class="m20-t b">
1962年</p>
<p class="m15-l">
シアトル万国博覧会、第45代横綱・若乃花（初代）が引退、マリリン・モンロー死去</p>
<p class="m20-t b">
1950年</p>
<p class="m15-l">
初のF1世界選手権、警視庁がパトロールカー導入、朝鮮戦争勃発</p>
<p class="m20-t b">
1938年</p>
<p class="m15-l">
国家総動員法施行、ドイツでユダヤ人迫害開始、黒部川第三発電所建設用の志合谷作業員宿泊所で泡雪崩</p>
<p class="m20-t b">
1926年</p>
<p class="m15-l">
大正天皇崩御、日本放送協会設立、十勝岳が大噴火</p>
<p class="m20-t b">
1914年</p>
<p class="m15-l">
第一次世界大戦勃発、桜島が大噴火、宝塚少女歌劇（現在の宝塚歌劇団）第1回公演</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>株式会社　グローリレイションを設立した</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/business/growrelation/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2010://4.865</id>
   
   <published>2010-01-06T02:56:05Z</published>
   <updated>2011-06-18T11:13:38Z</updated>
   
   <summary>去る平成21年11月10日に、株式会社を設立したのでブログで報告しておこう。今まで社会保険労務士という立場で、個人事業を営んできたわけだが、おかげさまで業績も順調に推移し、かつ企業の支援も多面的になってきたところで、お客様から分かりやすく事業を整理整頓したという感じだ。中小企業の支援を目的とした、企業研修・経営支援を事業目的とした法人を設立したわけだ。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="ビジネス日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　去る平成21年11月10日に、株式会社を設立したのでブログで報告しておこう。</p>
<p>
　今まで社会保険労務士という立場で、社会保険労務士事務所を個人事業として営んできたわけだが、おかげさまで業績も順調に推移し、かつ企業の支援も多面的になってきたところで、お客様から分かりやすく事業を整理整頓したという感じだ。</p>
<p>
　平成15年1月より営んでいた社会保険労務士事務所であるが、業務が企業支援分野が、社会保険労務士顧問を超えて、半分以上の売上になってきた。</p>
<p>
　そこで、中小企業の支援を目的とした、企業研修・経営支援を事業目的とした法人を設立したわけだ。</p>

<p class="link-next"><a href="http://www.growr.jp/" target="_blank" title="人事労務、業務改善、営業支援で経営者を応援する茨城県の経営コンサル会社">(株)グローリレイション</a></p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m30-t">業務内容と業務展開の狙い</h3>
<p class="m20-t">
　現在苦しい環境にある中小企業は、<span class="box-yellow b">経営支援や従業員の能力開発のニーズが高いと思われ、そうしたサービスを手ごろな価格で提供することを狙いとした</span>ものである。</p>
<p class="blue b">
　教育訓練の支援にあっては、その会社に適したオリジナルな教材を提供し、実践を共にフォローする仕組みを置かないと、なかなか徹底浸透できない面があるので、そうしたサービスを提供し、地域の中のネットワーク構築強化や、地域資源の掘り起しから販路開拓までの支援をワンストップ的に実施していく所存である。</p>
<p>
　そして必要あれば、特定人材派遣の形で具体的な労力までも提供し、地域の中小企業支援サービスとしての業務を展開していきたいと考えている。</p>
<p>
　定款に記した事業目的を記しておこう。</p>
<ol class="m20 pn20-l b">
<li>企業に対する社員教育・研修事業</li>
<li>企業並びに団体の経営支援、営業支援</li>
<li>人材派遣業および有料職業紹介事業</li>
<li>地域特産品の企画、開発、製造及び販売</li>
<li>ファイナンシャルプランニング相談業務</li>
<li>前各号に附帯する一切の事業</li>
</ul>

<h3 class="m50-t">社名はグローリレイション</h3>
<p class="m20-t">
　社名は「<span class="b">株式会社 グローリレイション</span>」とした。</p>
<p>
　<span class="b">Grow Relation</span> をカタカナ表記したものだが、読んで字の如く、<br />
<strong>「成長する縁」をキーワードとした。</strong></p>
<p>
　自分は設計・開発ができるわけでもなく、製造に携わったわけでも無い。</p>
<p>
　できることと言ったら、営業や人事労務管理、助成金・補助金の獲得のようなものだ。</p>
<p>
　残念ながら自分自身で付加価値を創出できないので、<span class="box-yellow b">人さまの応援をさせていただき、それが良い縁につながり、共に戦い、共に成長していきたいという願いを込めた。</span></p>
<p>
　会社としての業務は、2010年１月以降に本格展開させていく予定である。</p>

<h3 class="m50-t">社会保労務士事務所の位置</h3>
<p class="m20-t">
　既存の社会保険労務士事務所は、縮小することもなく、新会社「グローリレイション」との相乗効果で、さらに充実したサービスの展開をしたいと考えているわけである。</p>
<p>
　ご存知の通り、社会保険労務士は国家資格であり、国家登録することで、社労士だけに許される業務があるわけである。</p>
<p>
　登録するのにけっこうな額の登録費用をかけたこともあり、やはり愛着は強い。</p>
<p>
　しかも最近では、従業員とのトラブルや、労働基準監督署の是正勧告対応など、なぜか社労士分野が忙しい。</p>
<p>
　この社会保険労務士（社労士）業務としての、人事・労務関係の顧問は、やはり最後の受け皿というか、どの業態、どの会社でも必要な分野であり、人事・労務サポートを通じて、関与させていただいた企業様とは、末永くお付き合いをさせていただきたいと欲している。</p>
<p>
　そのために、かなり充実した、かつお手ごろな価格のサービスを、より推進させていきたいと考えている。</p>
<hr class="m20" />
<p class="m30-t">
　今年は後厄も抜ける年となり、期するところが大きい。</p>
<p>
　健康でかつ、気合に満ちた１年を過ごしたいと考えている。</p>
<p>
　以上、会社設立のご報告まで。</p>
<p class="link-next"><a href="http://www.growr.jp/" target="_blank" title="人事労務、業務改善、営業支援で経営者を応援する茨城県の経営コンサル会社">(株)グローリレイション</a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>夜回り先生こと水谷修先生の講演を聞いて大感動</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/yomawarisensei/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.857</id>
   
   <published>2009-10-31T15:55:14Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>夜回り先生こと水谷修先生の講演を、平成21年10月14日（水）に、石岡市民会館で伺った。夜回り水谷先生の講演は、３年前に東京で聞いたことがある。当時ももの凄く感動して、「世の中にこんな先生がいたのか・・」と、驚くばかりだった。自分もそんなふうに、周囲に好影響を少しでも与えられる人間になりたいと強く感じた。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　夜回り先生こと水谷修先生の講演を、去る平成21年10月14日（水）に、石岡市民会館で伺った。</p>
<p>
　石岡青年会議所（石岡ＪＣ）の例会の中での行事だった。</p>
<p>
　感動したのですぐにブログにアップさせようと思ったが、２週間以上遅れての投稿となってしまった。</p>
<p>
　夜回り水谷先生の講演は、３年前に東京で聞いたことがある。</p>
<p>
　当時ももの凄く感動して、<br />
<span class="box-yellow b">「世の中にこんな先生がいたのか・・」</span>と、驚くばかりだった。</p>
<p>
　当時まだ石岡青年会議所（石岡ＪＣ）の現役メンバーだった自分は、その感動を胸に、「自分も夜回りをやってみよう！」と思い立ったが、実行できずに終わってしまった。</p>
<p>
　なんとも情けない限りである。</p>
<p>
　<strong>なんでもそうなのだが、言う（思う）は安く、行うのは難いのだが、１回でもやらなければ仕方がなかったな。</strong></p>
]]>
      <![CDATA[<p class="m20-t">
　ところで当時、初めて水谷先生を目の当たりにした時は、<span class="box-yellow b">「なんて魂の透き通った方なんだ」</span>という印象を持った。</p>
<p>
　うまく表現できているか分からないんだけど、とにかくそんな印象を強く持った。</p>
<p>
　その時は、幸運にも一番前の席で、かなり近い位置で席を確保できたのだった。</p>
<p>
　その前にも水谷先生の著作は読んでいたけど、それを境に３冊ほど読んだ。<br />
　やはり、感動が溢れてきた良い本ばかりだった。</p>
<p>
　今回は、中段くらいの位置だったが、やはり素晴らしい講演だった。</p>
<p>
　その時に思ったのは、<span class="box-yellow b">「なんか迫力があるな」</span>ということだった。</p>
<p>
　大衆を前に話すのが本当に上手だけど、何か伝えたいことが強く強くあるんだろうなと思う。</p>
<p>
　水谷先生を迎えるのに、子どもの姿も結構あり、その人気は凄いね。</p>
<p>
　とにかく、子どもたちと真剣に向き合う姿は、神に選ばれてしまった方なんだろうなと感じずにはいられない。</p>
<p>
　<strong>真剣とか言うよりは、命を削って向き合っている</strong>という表現のほうが正しいのかもしれない・・</p>
<p>
　体調が優れないはずなのに、とにかく迫力があった。</p>
<p class="m20-t">
　講演のくだりの中で、<br />
「不登校を治すのは簡単ですよ。<br />
　毎朝４時に、その子のところに行って、前日の授業のプリントを渡しながらコミュニケーションを取れば、１週間から10日で、子どものほうから、明日から学校に行くよ。<br />
　となるはずだから。」</p>
<p>
　ということを仰っていたけど、そんなこと普通の人が出来るわけが無いんだよね。</p>
<p>
　現在は花園大学客員教授として教鞭を執られているようだが、生まれついての先生だね。<br />
　花園大学客員教授は2008年4月に就任なされたとか。</p>
<p>
　上智大学では、文学部哲学科だったというから、やはり深く鋭く考える習性だったのかな。<br />
　本当に凄い方だ。</p>
<p class="blue b">
　あの「スクールウォーズ」で有名な山口先生の講演も凄く感動し、ああいう教師と触れ合えたら子どもたちは幸せだろうなと思ったけど、水谷先生は山口先生と雰囲気は違うものの、なんか同じ匂いのようなものを感じた。</p>
<p>
　<span class="b">夜回りも、日本全国の主要な都市でやっていないところは無い</span>ということだったので、凄まじいなと本当に感心した。</p>
<p>
　少年少女の非行や薬物依存症問題に立ち向かい、もう5000人超の青少年と向き合っているというから奇跡の人だ。</p>
<p>
　2004年9月には、横浜市教員を退職なさっているので、文字通り、夜回りで生活を成り立ててきたということなんだろう。<br />
　くどいけど、本当に凄い。</p>
<p class="box-yellow b">
　現代はあまりに余裕が無く、殺伐として、大人が攻撃的になり過ぎている</p>という、ご指摘だった。</p>
<p>
　なんか反省するな～</p>
<p>
　何人もの少年・少女を立ち直らせ、人間としてとことん子どもたちと向き合い、そして良い影響を与えて下さる。<br />
　そんな生き方は憧れるな。</p>
<p class="blue b">
　自分もそんなふうに、周囲に好影響を少しでも与えられる人間になりたいな。</p>
<p class="m20-t">
　ところで著書を Wikipedia から拝借し、掲載しておこう。</p>
<p>
　読んだほうがいいですよ。</p>

<h3 class="m50-t">夜回り先生　水谷修先生の著書</h3>
<ul class="lh17">
<li>『ドラッグ世代―第5次薬物汚染期の若者たち』（1998年,太陽企画出版）</li>
<li>『中高生の薬物汚染―知るべきこととできること』（1998年,農山漁村文化協会）</li>
<li>『さらば、哀しみのドラッグ』（1998年,高文研）</li>
<li>『STOP! タバコ・酒・ドラッグ』子供の生きる力をはぐくむ 13（共著,1999年,食べもの通信社）</li>
<li>『さよならが、いえなくて ―― 助けて、哀しみから』（2000年,日本評論社）</li>
<li>『薬物乱用 ―― 今、何を、どう伝えるか』（2001年,大修館書店）</li>
<li>『健康教室 ― 薬物乱用防止教育 その実際とあるべき姿』（2002年,東山書房）</li>
<li>『我ら回復の途上にて ― 茨城ダルクの10年 心の居場所から』（2002年,那珂書房）</li>
<li>『さらば、哀しみの青春―伝えたい、闇に沈む子供たちの哀しみを…』（2003年,高文研）</li>
<li>『ドラッグなんていらない ― 出会ってしまう前の君に伝えたいこと』（2004年,東山書房）</li>
<li>『夜回り先生』（2004年,サンクチュアリ・パブリッシング）</li>
<li>『夜回り先生と夜眠れない子供たち』（2004年,サンクチュアリ・パブリッシング）</li>
<li>『ドラッグ世代 [新装版] 薬物汚染と闘う夜回り先生』（2004年,太陽企画出版）</li>
<li>『夜回り先生の卒業証書 冬来たりなば春遠からじ』（2004年,日本評論社）</li>
<li>『薬物乱用防止教育 その実際と、あるべき姿』（2005年,東山書房）</li>
<li>『こどもたちへ 夜回り先生からのメッセージ』（2005年,サンクチュアリ・パブリッシング）</li>
<li>『いいじゃない いいんだよ―大人になりたくない君へ』（岩室紳也,小国綾子らとの共著,2005年,講談社）</li>
<li>『夜回り先生 こころの授業』（2005年,日本評論社）</li>
<li>『あした笑顔になあれ 夜回り先生の子育て論』（2006年,日本評論社）</li>
<li>『夜回り先生のねがい』（2007年,サンクチュアリ・パブリッシング）</li>
<li>『あおぞらの星 ― 夜回り先生と考える』（2007年,日本評論社）</li>
<li>『だいじょうぶ 鎌田實×水谷修往復書簡』（2009年,日本評論社）</li>
</ul>
<p class="m30-t">
　自分は、次に何を読もうかな～</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>石岡市市長選挙の開票結果（09.10.25）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/091025/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.852</id>
   
   <published>2009-10-25T12:57:06Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>石岡市の市長選挙が行われ、たった今開票結果が判明したようなので、備忘録代わりにブログに掲載しておこう。４人が候補数し、久保田氏が当選を果たしたようだ。当日の有権者数は 65,893人 で、投票率は 58.66% だったようだ。投票者数で39,000人弱が投票に赴き、27,000人の方は選挙にいかなかったのか・・</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　今現在居住している茨城県石岡市の市長選挙が行われ、気になっていたが、たった今開票結果が判明したようなので、備忘録代わりにブログに掲載しておこう。</p>
<p>
　４人が候補数し、久保田氏が当選を果たしたようだ。</p>
<p>
　当日の有権者数は 65,893人 で、投票率は 58.66% だったようだ。</p>
<p>
　ということは、投票者数で39,000人弱が投票に赴き、27,000人の方は選挙にいかなかったのか。ちょっと投票率が低くないかな・・</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">石岡市選挙管理委員会発表の開票結果</h3>
<p class="m30-t">
　以下が石岡市選挙管理委員会発表のデータである。</p>

<div class="m30-t al-c">
<table width="97%" border="1">
<tr><td class="al-c">得票数</td><td class="al-c">候補者名</td><td class="al-c">当選との差</td><td class="al-c">上位との差</td></tr>
<tr><td class="al-c">13,208</td><td class="al-c">久保田健一郎氏</td><td class="al-c">-</td><td class="al-c">-</td></tr>
<tr><td class="al-c">11,065</td><td class="al-c">今泉文彦氏</td><td class="al-c">2,143</td><td class="al-c">2,143</td></tr>
<tr><td class="al-c">7,435</td><td class="al-c">桜井信幸氏</td><td class="al-c">5,773</td><td class="al-c">3,630</td></tr>
<tr><td class="al-c">6,429</td><td class="al-c">金井一憲氏</td><td class="al-c">6,779</td><td class="al-c">1,006</td></tr>
</table>
</div>

<h3 class="m50-t">市議の補欠選挙結果</h3>
<p class="m20-t">
　市議も補欠選挙があって、５人の候補に６人が立候補だったようだが、決着がついたようだ。</p>
<p>
　当選者は 山本進氏（7,466票）、岡野佐工氏（7,043票）、村上泰道氏（6,545票）、村山裕氏（6,293票）、高野要氏（5,763票）と、５氏が確定したようだ。</p>
<h3 class="m70-t">石岡市の課題が分からなかった</h3>
<p class="m20-t">
　首長が変わるときは、様々な変化が起きるので、今後石岡市もどのようになっていくか注視していきたいと思う。</p>
<p>
　青年会議所（ＪＣ）の現役時代は、公開討論会とかに携わっていて、市政の課題を懸命に探っていたが、離れてみると、市政の課題等は分からなくなるもんだね。</p>
<p>
　これから選挙に出る人たちもＨＰやブログ、メルマガ等で情報発信をしていっていただきたいものだね。<br />
　でないと、その政策や論点の違いが良く分からないよ。</p>
<p>
　そのためには厚い壁である、「公職選挙法」を乗り越えないとダメか・・・</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>日本文理のあきらめない精神、懸命な姿勢に強く感動</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/09koushien-s/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.784</id>
   
   <published>2009-08-25T01:42:24Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>09.08.24、夏の甲子園決勝、「中京」×「日本文理」の試合は凄かった。「伊藤」コールが鳴り響いた甲子園、新潟に大いなる勇気を与えたことだろう。いやー、高校野球は最高だ。日本文理のあきらめない精神に、一生懸命の偉大さを改めて強く感じた。あきらめず、最後の最後まで戦う、そうした精神こそが、高校野球の、人生の原点だと思い返した貴重な決勝だった。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　昨日（09.08.24）の甲子園決勝、「中京」×「日本文理」の試合は凄かった。</p>
<p>
　本当に鳥肌ものだったので、思わずブログに記述してしまった。</p>
<p class="b">
　「伊藤」コールが鳴り響いた甲子園、新潟に大いなる勇気を与えたことだろう。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　新潟県では、甲子園は１回勝てれば御の字だと思っていたのではなかろうか。</p>
<p>
　最近、聖光学園が頑張ってくれているが、残念ながら、福島県も同様だったろう。</p>
<p>
　県民としては、とても悔しい思いをしているんだね。</p>
<p>
　しかし、新潟代表が頑張ってくれた。</p>
<p>
　新潟県のみなさまにおかれては、溜飲が下がり、晴れ晴れしい思いだろう。<br />
　決勝で敗れはしましたが、本当におめでとうございました。</p>
<p>
　これまで初戦敗退を続けていた日本文理が、素晴らしい意地を見せ、なんとも劇的な試合をしてくれた。</p>
<p>
　９回表の日本文理攻撃、スコアは１０対４<br />
　そして２アウト、ランナーなし</p>
<p>
　このとき自分は、<br />
「いや～、よくがんばった、決勝進出が新潟県の歴史始まって以来だし、本当によくがんばった。」</p>
<p>
　と脳裏を過ぎっていた。</p>
<p>
　しかし、その数分後、ドラマが起きた。<br />
　誰がこんなドラマを予想しただろうか？</p>
<p>
　なんと、９回２アウト、ランナーなしから打線がつながっていく！</p>
<p>
　４点差のツーアウト満塁の場面では、一人で投げきってきた伊藤君がバッターボックスに・・</p>
<p>
　「伊藤！　伊藤」の大コール！</p>
<p>
　本人の弁が今朝の新聞に掲載されていたけど、<br />
「あの大歓声に打たせてもらった、不思議な気持ちでした・・」</p>
<p>
　なんとも忘れ難い、凄い光景だった。</p>
<p>
　そして次の打者も、初球をレフトに強烈なクリーンヒット！</p>
<p>
　連打連打で、ついに５点をあげたのだった。</p>
<p>
　１０対４が、１０対９。</p>
<p>
　しかも３塁と１塁に走者をおいて、一打同点、あわよくば逆転だ。</p>
<p>
　次の打者が放った強烈な一撃がサードを襲う！<br />
　レフトへ抜けて同点か！</p>
<p>
　テレビを見ていれば、本当にそんな当たりだった。</p>
<p>
　しかし、残念ながらサードのグローブに吸い込まれゲームセット。</p>
<p>
　勝利の女神が最後に微笑んだのは、中京だった。</p>
<p>
　中京もまた、死ぬような苦しい練習をこなして、甲子園に立っていたに相違ない。<br />
　全国で一番勝ちたかった連中が、中京高校だったのだろう。</p>
<p>
　それにしても中京は、凄い選手が揃っていたね。<br />
　練習量も凄まじいことを想像させる。</p>
<p>
　しかしながら、負けた日本文理の鮮烈な印象を残してくれた、涙の決勝戦だった。</p>
<p>
　いつも高校野球には感動させられるけど、今年もまた、とても感動した。</p>
<p>
　いやー、高校野球は最高だ。</p>
<p>
　昨日は、思わず夜中まで決勝戦の余韻にひたってしまった。</p>
<p>
　個人的には、花巻東にみちのくへ初の深紅の大旗を持ち帰ってもらいたかったが・・<br />
　花巻東ナインのきびきびしたプレーと、菊池君の涙にも大いに感動をいただいた。</p>
<p>
　<strong>決勝の日本文理のあきらめない精神に、一生懸命の偉大さを改めて強く感じた。</strong></p>
<p>
　人間あきらめてしまったら終わりだね。</p>
<p class="b">
　あきらめず、最後の最後まで、血の一滴まで戦う、</p>
<p>
　そうした精神こそが、高校野球の、人生の原点だと思い返した貴重な決勝だった。</p>
<p>
　では、このブログを訪れてくれたみなさまに、自分の高校（磐城高校）の先輩であり、元プロ野球で生きてこられた、福田先輩の手記を別記事に用意してあるので、ご紹介しよう。</p>
<p class="m30-t">
　ＰＣでも携帯でもＯＫ</p>
<p class="m30-t">
　福田大先輩の手記<br />
　→　<a href="http://nk.e-consul.info/i/005/" rel="nofollow">磐城高校野球部の偉大なる先輩・福田昌久先輩に学ぶ</a></p>
<p class="m20-t">
　高畠氏の生涯 「甲子園への遺言」もどうぞ<br />
　→　<a href="http://nk.e-consul.info/i/006/" rel="nofollow">伝説のコーチ高畠氏の生涯 「甲子園への遺言」 を読んで</a></p>
<p class="m20-t al-c">
　涙無しでは読めません。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>磐城高校野球部の偉大なる先輩・福田昌久先輩に学ぶ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/iyob/fukudasenapi/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.779</id>
   
   <published>2009-08-12T03:53:16Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>自分の母校である、磐城高校野球部の先輩に、福田昌久大先輩がいらっしゃる。もう存命では無いが、プロ野球界で29年間生きられ、巨人などのコーチを歴任された、偉大なる先輩だ。自分たちが卒業するにあたり手記をお寄せ下さり、何となく読み返したところ、久々に魂に楔を打ち込まれた衝撃を受けたので、ご披露させていただこうと考えた次第である。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　自分の母校である、磐城高校野球部の先輩に、福田昌久大先輩がいらっしゃる。</p>
<p>
　もう存命では無いが、プロ野球界で29年間生きられ、巨人などのコーチを歴任された、偉大なる先輩だ。</p>
<p>
　自分たちが高校を卒業するにあたり手記をお寄せ下さり、最近になって何となく読み返したところ、久々に魂に楔を打ち込まれた衝撃を受けたので、ご披露させていただこうと考えた次第である。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　あまりにありがたい手記なので、原文のまま、載せさせていただく。<br />
　自分も苦しいときに、いつも肝に銘じようと思う。</p>

<h3 class="m70-t">福田昌久大先輩の手記原文</h3>
<p class="m30-t al-c"><strong>わがスポーツ人生に思う</strong></p>
<p class="al-r">
福田昌久</p>
<p class="m30-t">
　皆さん今日は。</p>
<p>
　元来、私は野球が商売、野球屋でございますので、あまりしゃべるのを得意としませんが、過去プロ野球の世界に29年間生きて参りまして得た、いろんな経験、体験の一つ一つが皆様方の環境の万分の一でも役に立っていただいたらと考えております。<br />
　どうか、気楽にお付き合いの程お願い致します。</p>
<p>
　初めに、今年（1985年・38回）の甲子園出場おめでとうございました。</p>
<p>
　私も32年ぶりで母校の応援に行かしていただきましたが、皆さんの熱意溢れる応援のすばらしい熱気、真剣そのもののあの顔、本当にあの声援、あの真心をもって皆さんがこの学び舎に学んでいるということは、磐城高校の大きな誇りであろうと思います。</p>
<p>
　今、いろんな所から、「どうして29年間プロ野球におり、19年間コーチをやってこれたんですか？」　と質問を受けます。</p>
<p>
　私は、皆さんもご存知のように、ホームラン王になった経験もありません。三割を打った経験も、20勝した経験もありません。</p>
<p>
　その私が、コーチとして、指導者として、ジャイアンツを皮切りに19年間やって来れた。<br />
　私は今でも自分が不思議だなあと思う位です。</p>
<p>
　話はとびますけれども、私が南海ホークスにいる時に、練習開始4時。<br />
　私が4時5分前にグランドへ入ると、鶴岡監督がベンチで座っている。</p>
<p>
　「お早うございます」と言って、そっと外野の方へ走りに行こうと思った。</p>
<p>
　鶴岡監督が「おい福、今日は帰っていいぞ。」・・・</p>
<p>
　分からない。なんで帰っていいぞと言われたか分からない。</p>
<p>
　私は黙ってそこへ立っとった。</p>
<p>
　「お前みたいな下手くそが今頃出て来ておまえ…　銭落ちとるか？　今日は練習何時や？」</p>
<p>
　「練習四時です。」</p>
<p>
　「今何時や？」</p>
<p>
　「5分前です」。</p>
<p>
　「もうグランドには銭落ちとらんから帰れ。みんな拾った後や。お前らの銭は、グランドしか落ちとらん。お前みたいな下手くそが5分前に出てきて銭拾おうと思っても、一銭だってもう落ちとらん。今日は帰れ。」</p>
<p>
　私は返事ができない…。</p>
<p>
　やった結果は何だった。</p>
<p>
　そこへ正座した。</p>
<p>
　グラウンドに。ユニフォームのまま正座して…。</p>
<p>
　まあ今考えてみますと、本当に、その、帽子が飛んだぐらいですから、地面に僕は、その、額をうちつけたと思うんです。</p>
<p>
　「やらして下さい。お願いします。二度と時間に遅れません。」……</p>
<p>
　遅れた訳じゃないんですけれども、ま、それからの私の「時間」というものに対する考え方が変わりました。非常に。</p>
<p>
　いろんな面で。鶴岡さんを思い出す度に……。<br />
　えらいプラスになっております。</p>
<p>
　話はまた変わって、王選手の当時のスイング。</p>
<p>
　これは、いろいろ皆さんもマスコミの中で聞いて、知ってらっしゃると思いますけれども、過去私がいろんな選手とつきあって来ましたが、王選手ほどバットを振った選手は見当たりません。<br />
　まず見当たらない。</p>
<p>
　その王選手が、昭和38年に私が南海ホークスからジャイアンツにトレードされて入った時のちょっと前、37年の7月31日に一本足になった。</p>
<p>
　そして38年から本格的に始まった。</p>
<p>
　私もいっしょに弟子入りをさせてもらって荒川道場に通った。</p>
<p>
　その時に荒川さんが、コーチでーバッティングコーチで、「王、ベーブルースの記録を抜け。」……</p>
<p>
　片っぽは700以上のホームランを打ってるんです。</p>
<p>
　王選手はまだ100いってなかった。</p>
<p>
　「抜けませんよ。無理です。」</p>
<p>
　「それならやめろ。抜けない。抜く自信がないなら一本足やめろ。」……</p>
<p>
　わたしはそこにいました。</p>
<p>
　ま、王選手は気をとり直して、「抜きます。大丈夫です。」</p>
<p>
　しかし本心から抜きますといったんじゃなかろうと思います。</p>
<p>
　私もその時に、「無茶なこと言うなあ。コーチはえらいこと言うなあ。」と荒川さんを思とった。</p>
<p>
　しかし、ふり返ってみたら、べーブルースの記録はおろか、ヘンリーアーロンの記録まで抜きさって、誰もが届かない八六八本まで行ってしまった。</p>
<p>
　これはコーチが偉いんじゃないんです。<br />
　やった王選手が偉いんです。</p>
<p>
　もちろん、みんなで王選手に対して、素晴らしい、先輩としての愛情を注いだ名監督、コーチ、おります。</p>
<p>
　しかし、やったのは王選手です。</p>
<p>
　これは、もう皆さんがご存じでしょうけども、人間には、たった二つ、平等に与えられている物があります。</p>
<p>
　おぎゃーと生まれて、赤子でも、大人でも、経済の豊かな人でも、男女問わず、たった二つだけ平等に与えられている。</p>
<p class="m20-l lh20"><span class="box-yellow">
<strong>それは、プライドというもの。<br />
もう一つは、二十四時間という時間です。</strong></span></p>
<p>
　これは誰にでも与えられてる。</p>
<p>
　しかし、その二十四時間を、自分のために、真剣に使った人が必ず勝利者になる。</p>
<p>
　これだけは間違いないと思います。</p>
<p>
　我々は、いかに無駄な時間が多いかということを反省してみた場合に、もったいない、毎日毎日の人生の中で、本当に有意義に、本当に必死になって取りくんだら、自分というものがどのぐらい素晴らしい者であるかというこを、もう一度自分に自信をもって下さい。</p>
<p>
　我々野球は　（ここには野球部の方々が何人かいらっしゃるでしょうけども）　野球はやらされるものではないんです。<br />
　やるもんなんだ。</p>
<p>
　と同時に、ミスの連続、そのミスをいかに、助けあうかということが、野球の一番大事な所です。</p>
<p>
　例えば、サードゴロをとったサードがファーストに放ってワンバウンド。これはスローイングミスです。</p>
<p>
　しかし、ファーストが身を挺してそれを取ってアウトにしたら、これはミスにならない。</p>
<p>
　キャッチャーがあわてて放ったセカンド、ワンバンになった。ショートがそれをとってタッチアウトにしたらミスにならない。</p>
<p>
　お互いに、そのミスをフォローしあう。かばいあう。助けあうというのが、野球の素晴らしさなんです。</p>
<p>
　私がプロ野球29年の中で、最も厳しかったこと。</p>
<p>
　これは私がジャイアンツの選手の時に、川上監督からピンチヒッターを言われた。</p>
<p>
　「おい、福田ピンチヒッター」</p>
<p>
　私は喜んでバッターボックスに入ろうとしたら、</p>
<p>
　「おいおい、ちょっと待て。」…</p>
<p>
　これは、次はどうしたらカーブが打てるか、どうしたらこの球を打てるかアドバイスをしてもらえると思いますよ。…</p>
<p>
　私は喜んで、「何ですか。」…</p>
<p>
　「この打席で打てなかったら明日やめてくれ。」…</p>
<p>
　シーズン中ですよ。返事できますか、皆さん。</p>
<p>
　返事ができない。「はいっ」つって打てなきゃ明日やめなきゃなんないんですから、返事ができない。</p>
<p>
　私は黙ってバッターボックスいって何て言ったか。</p>
<p>
　今、大洋にいるヘッドコーチをしておる土井君、彼が大洋のキャッチャーやった。</p>
<p>
　バッタレボックスへポッと入って、「おい頼むわ。シュート放ってくれ。このピッチャー打てへん。俺当たるしかないからシュート放ってくれ。」
</p>
<p>
　土井君が「あんたおかしいんちゃうか」</p>
<p>
　私に言うわけです。</p>
<p>
「俺はまじめや。俺逃げへん。それしか方法ない。」<br />
　打てなかったら明日やめないかんのですから。</p>
<p class="m50-t blue b">
　最後に、「一生懸命」、この言葉に対してもう一度いろんな面で反省してみて下さい。</p>
<p class="f13pt">
　<strong>この一生懸命に勝る言葉はありません。</strong></p>
<p>
　どうかこれから皆さんのありったけの若さと明るさをいろんな面に発揮して、素晴しい学生生活、社会生活を送られるようがんばって下さい。</p>
<p class="m30-t al-r">
（福田昌久大先輩　磐高５回卒　元巨人、ロッテ等コーチ、中日ヘッドコーチ）</p>

<hr class="m30-t" />
<p class="m10-t m50-b">
　福田先輩が上記手記を寄せてくださったのは、1986年の始めだと思われる。<br />
　亡くなってしまったのが、その３年経たないうちだった。<br />
　とても驚き、改めて心よりご冥福をお祈り申し上げます。</p>


<h3 class="m70-t">福田昌久先輩の経歴</h3>

<div class="p30-l">
<p class="m20-t">
出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</p>
<p>
　出身地 福島県<br />
　生年月日 1934年7月31日<br />
　没年月日 1988年11月29日（満54歳没）<br />
　身長：181cm<br />
　体重：77kg</p>
<p>
選手情報<br />
　投球・打席 右投右打<br />
　守備位置 投手、外野手<br />
　プロ入り 1957年<br />
　初出場 1957年<br />
　最終出場 1964年<br />
　経歴（括弧内は在籍年）<br />
　福島県立磐城高等学校<br />
　常磐炭坑<br />
　専修大学</p>
<p>
選手時代<br />
　南海ホークス（1957 - 1962）<br />
　読売ジャイアンツ（1963 - 1964）</p>
<p>
コーチ時代<br />
　読売ジャイアンツ（1965 - 1975）<br />
　日本ハムファイターズ（1977 - 1978）<br />
　ロッテオリオンズ（1979 - 1981）<br />
　南海ホークス（1983）<br />
　中日ドラゴンズ（1984）</p>
<p>
磐城高校、常磐炭坑、専修大学を経て大学卒業後の1957年、南海に入団。1963年に巨人に移籍。</p>
<p>
1964年に現役引退後は巨人（1965年 - 1975年）、日本ハム（1977年 - 1978年）、ロッテ（1979年 - 1981年）、南海（1983年）、中日（1984年）でコーチを務めた。また、1976年のみ文化放送で野球解説者を務めた。</p>
<p>
1988年11月29日死去。享年55（満54歳没）。</p>
<p>
通算成績<br />
投手成績<br />
　7試合 11.1回 0勝1敗 9奪三振 防御率3.00<br />
打撃成績<br />
　332試合　85安打　49打点　11本塁打　5盗塁　打率.217</p>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>少年スポーツの指導者は襟を正して桑田の話を聞こう</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/kuwata02/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.674</id>
   
   <published>2009-03-14T04:53:08Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>桑田真澄は同年ながら、尊敬してやまない人物だ。その桑田が、野球指導者に苦言を呈しているという記事に接し、読んでみると、まさに我が意を得たり、という感じで大いに同調したので、指導者について思うところを述べてみる。桑田が本を出したら、早々に購入したいし、また自分も余裕が出たら、少年指導の場面で、自分の微力を少しでも発揮させてもらいたいと考えている。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　桑田真澄は同年ながら、尊敬してやまない人物だ。</p>
<p>
　自分なんかは高校まで野球をしていたが、桑田と比べると、野球をやっていたうちに入らないわけで、桑田に同年代の星として、大いに期待をしているわけである。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　その桑田が、野球指導者に苦言を呈しているという記事に接し、読んでみると、まさに我が意を得たり、という感じで大いに同調したので、指導者について思うところを述べてみる。</p>
<p>
　下記の参照記事にあるように、自分も少年スポーツの指導者に思うところがある。</p>
<p>
　まず、良く競技内容やトレーニングについて、謙虚に学べよ！　ということだ。</p>
<p>
　ノックなんかで、「何やってんだ！」という怒号が飛び交うシーン、スイングが出来ていない子どもに、しゃにむに振らせるような場面を目にしたことがあるが、やめたほうがいい。<br />
　どう見ても逆効果だ。</p>
<p>
　自分なんかの幼少時を思い返しても、<br />
　あんな教えを受けていなければ、遠回りをしないで済んだのに・・<br />
　あそこでもっと良い指導を受けていれば、もっと良い選手になれたのに・・</p>
<p>
　ということが残念ながらあるわけだ。</p>
<p>
　特に、元プロ野球選手だった、松井達徳さんにスイングを教わってというもの、<br />
　こういう教えを受けていれば、もっと打てるようになったはずだよな<br />
　とか強く思うわけ。</p>
<p>
　それを周囲にも教えてあげると、なかなかなじまないようだった。</p>
<p>
　はっきりと原因を述べると、簡単なことで、指導している人たちに謙虚に学ぶ姿勢が無いからだと断言できる。</p>
<p>
　確かに我々の時代は、有無を言わされずに、ガンガンと殴られ指導を受けた。<br />
　それについては、特段どうこう言うつもりもないし、今の甘い環境を見ると、もっとビシビシと鍛えても良いと思う。</p>
<p>
　それは精神や姿勢についてであり、技術指導はまた違うところにあると考える。</p>
<p>
　誤った、稚拙な教えで、輝かしい子どもの将来を曲げてはいけないのである。</p>
<p>
　確かに少年チームの指導者というと、時間を費やし、ボランティアのような活動をしてらっしゃるわけだ。</p>
<p>
　自分がそこで時間や労力を費やす覚悟が無い以上、言う資格も無いことだが、</p>
<p>
　桑田の言にある、<br />
　「投げ込みや打ち込み、走り込みなどをすべて“迷信”」<br />
　「疲労を蓄積するだけの練習方法をやめ、効率的、合理的な練習メニューを考え、短時間集中型の練習をして、残りの時間を勉強や遊びに充てるべき」</p>
<p>
　これは本当にご尤もだと感じる。</p>
<p>
　特に野球は練習時間が長すぎだよ。</p>
<p>
　息子がラグビーにはまっていた時期があり、ラグビーに一時期接したが、練習時間の短さには、大変好感を得た。<br />
　内容については素人なので言及できないが・・</p>
<p>
　そんなわけで、桑田が本を出したら、早々に購入したいと考える。</p>
<p>
　また自分も余裕が出たら、少年指導の場面で、自分の微力を少しでも発揮させてもらいたいと考えている。</p>

<p class="m70-t">
参考記事</p>
<p>
livedoorニュース<br />
http://news.livedoor.com/article/detail/4057226/</p>
<p class="m20-t b">
桑田真澄氏が野球指導者に苦言<br />
「そろそろ“気が付いて”もらいたい」</p>
<p>
　昨年3月に「野球の神様のお告げ」を受けたとして、22年間にわたる現役生活の幕を下ろした桑田真澄氏。</p>
<p>
　引退後は野球解説者を務め、サントリーの缶コーヒー「ボス 贅沢微糖?いいとこドリップ?」のテレビCMでソフトボール日本代表の上野由岐子投手と共演したことも話題になっているが、現在の目標は指導者になることだ。</p>
<p>
　引退を表明したTBS系「筑紫哲也 NEWS23」のインタビューでは、「野球が好きだというのが、自分の誇り」としたうえで「野球界の後輩たちを1人でも多く育てていければいいと思う」と語っていた。</p>
<p>
　桑田氏ほどの実績がある人物ならば、指導者としては引く手あまたなはず。<br />
　実際、現役最後の所属球団となった米大リーグのパイレーツからコーチ就任の要請があったほか、古巣・巨人の監督就任も噂されていた。<br />
　しかし、理論を重んじる桑田氏はスポーツ科学を修めることを選択。その第一歩として、早稲田大大学院に入学した。現在は指導者の基礎を猛勉強中のようで、自身のブログ（http://sports.nifty.com/kuwata-masumi/）の3月10日付エントリーでは「読書、読書、勉強、勉強の毎日で、少し目が疲れ気味です」としている。</p>
<p>
　こうして指導者とはどうあるべきかを模索中の桑田氏が、同エントリーで日本の野球指導者への苦言も呈した。</p>
<p>
　ボーイズリーグ、麻生ジャイアンツの会長を務める同氏は、現場で多くの「あまりにもひどすぎる」指導者を見てきた模様。<br />
　その苦言は試合での起用法や選手への接し方、練習方法などに及んでおり、こうした指導者へ向けて「そろそろ『気が付いて』もらいたい」と呼びかけている。</p>
<p>
　ワールド・ベースボール・クラシック（WBC）韓国戦の解説を務めた桑田氏は、同大会で投手の投球数が70球に制限されていることに注目。<br />
　プロの投手に制限を与えているにもかかわらず、大学生以下の選手に100～200球を投げさせている指導者がいることについて「とても恐ろしいこと」「勝利至上主義以外、何物でもないよね」とした。</p>
<p>
　また、選手を怒鳴り散らしたり、タバコを吸いながらミーティングをしたり、昼食にアルコールを飲んで練習をしたりする指導者も少なくないようで、こうした指導者に対して「怒鳴らないと理解してもらえないほど、私には指導力がないんですと、周りに言っているようなもんだよね」「自分に甘くそして、優しく、子供達に厳しい指導者は要らないですよ」と一刀両断している。</p>
<p>
　さらに練習方法についても、投げ込みや打ち込み、走り込みなどをすべて「迷信」と断言。
　疲労を蓄積するだけの練習方法をやめ、「効率的、合理的な練習メニューを考え、短時間集中型の練習をして、残りの時間を勉強や遊びに充てるべき」とした。</p>
<p>
　競技が異なるものの、スペインの少年サッカー指導者の免許を持つサッカー専門誌「フットボリスタ」編集長、木村浩嗣氏も、指導者勉強会で「技術や体力に特化した反復練習自体が不要」との結論を得たという。どの競技でも指導者がこうした勉強会に参加すること、独学でもスポーツ科学などを学ぶことが、桑田氏の言う「気付く」ことにつながるのは間違いないだろう。</p>
<p>
　桑田氏はよほど指導者への不満が募っているようで、「落ち着いたら、指導者について、本を書こうと思う」としている。<br />
　勉強中の最新スポーツ科学が反映されるであろうこの書籍は指導者必携となりそうだが、果たして「気付いていない」指導者たちが桑田氏のアドバイスに耳を傾けるのだろうか。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>親父の一周忌を終えて</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/oyaji1syuki/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.673</id>
   
   <published>2009-02-16T04:18:35Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>2009年2月14日（土）に、近親の方だけにお集まりいただき、しめやかに親父の一周忌を終えた。親父が息を引き取ったのは、昨年（2008年）の2月17日、午後4時52分頃だった。享年満６７歳。最後の生き様こそ、親父を最も尊敬させる期間だった。微力ではあるが、自分の力を全力で向けていかねばならないと、意気を新たにした親父の一周忌だった。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　2009年2月14日（土）に、近親の方だけにお集まりいただき、しめやかに親父の一周忌を終えた。</p>
<p>
　親父が息を引き取ったのは、昨年（2008年）の2月17日、午後4時52分頃だった。<br />
　享年満６７歳。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　決して長生きの部類では無かったが、良く生き抜いたと思う。<br />
　寝たきりが７年ほど続き、お袋には苦労をかけた。</p>
<p>
　通常の健康な方の状態に比すれば、恐らく80歳とも90歳ともとれるのではないかと、肉親の間では話している。</p>
<p>
　どうも少年時代は、神童と呼ばれるほど、勉強も運動も達者だったらしい。</p>
<p class="blue b">
　しかし、ずっと病魔との闘いだった。</p>
<p>
　特に終盤になる、最後の７年間は寝たきりの状態であり、通常では生きていることが不思議だったのではなかろうか。</p>
<p>
　寝たきりといっても、身体が自由にならないだけで、意識ははっきりしていた。<br />
　その間、ずっと人工透析も続けており、かなりつらかったのだろうと察する。</p>
<p>
　絶望を感じるような、病室においても生きる力を失わず、いったい何が親父を生かさせたのか？</p>
<p>
　今となれば、想像でしかありえないが、いろんなことが頭を過ぎる。</p>
<p>
　<strong>この最後の生き様こそ、親父を最も尊敬させる期間だった。</strong></p>
<p>
　人は生きる希望を持てばこそ、生きていられるのだと思うが、どうした希望を持っていたのだろうか？</p>
<p>
　最期に息を引き取るまで、何度も、<br />
　「もうダメだ」<br />
　「今度こそやばい」</p>
<p>
　そんなことが、あったわけだ。</p>
<p>
　それでも生き抜いた親父、何がそうさせたのか、あくまでも想像だが、</p>
<p>
　この世で生きる希望を失ってしまった人たちに対して、</p>
<p class="f12pt red b lh19">
　「頑張れ！」<br />
　「あきらめるな！」<br />
　「負けるな！」</p>
<p>
　<span class="box-yellow b">というメッセージを、自らの身体を通して発していた</span>ような気がしてならない。</p>
<p>
　果たして、親父が本当にそう希求していたかは、もはや想像の域を出ないわけだが、自分はその意志を、自分の生き様に繋げていきたいと考える。</p>
<p class="m50-t b">
　また寝たきりの親父が支えられたのは、ほかならぬ社会保障制度によってだ。</p>
<p>
　あの経済的負担が、もろ自分たちにかかっていたら、決して支えきれなかっただろう。</p>
<p>
　そうした意味では、世の中に対する感謝も大いに忘れてはいけないことである。</p>
<p class="blue b">
　そして社会保障制度が綻んでしまっている現代にあって、負担と受益の全体バランスを考慮した、運営の持続可能な社会保障制度というものを、しっかりと構築し、後世にまで残さなくてはいけないわけだ。</p>
<p>
　勉強をしっかりして、恩返ししなくてはと思う次第だ。</p>
<p>
　折しも、大不況が連呼される世の中になってしまった。<br />
　社会的弱者にかなりのしわ寄せが来て、生存権までもが脅かされている。</p>
<p>
　それに対して、<span class="blue b">微力ではあるが、自分の力を全力で向けていかねばならないと、意気を新たにした</span>親父の一周忌だった。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>伝説のコーチ高畠氏の生涯 「甲子園への遺言」 を読んで</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/reading/fullswing/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2009://4.660</id>
   
   <published>2009-01-31T08:49:14Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>本書「甲子園への遺言」は、伝説の打撃コーチ高畠導宏氏の生涯を綴ったものです。高畠氏の人生はまさに「フルスイング」という言葉がぴったりとくる熱き人生でした。３５年間プロ野球界で、選手、コーチとして過ごし、何と、５９歳にして高校教師になり、そして夢であった甲子園を目指したわけです。涙なくして読めない名著です。生涯手放すことのない一冊になることでしょう。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="読書からの気付き" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　ＮＨＫ総合で「フルスイング」と改題しドラマ化もされた話題の１冊です。</p>
<p>
　昨年の年末である08年12月23日～25日までアンコール放送されていました。<br />
　ドラマをご覧になった方も多かったのではないでしょうか。</p>
<p class="b">
　本書「甲子園への遺言」は、伝説の打撃コーチ高畠導宏氏の生涯を綴ったものです。</p>
<p class="m30-b">
　<span class="blue b">高畠氏の人生はまさに「フルスイング」という言葉がぴったりとくる熱き人生でした。</span><br />
　３５年間プロ野球界で、選手、コーチとして過ごし、何と、５９歳にして高校教師になり、そして夢であった甲子園を目指したわけです。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　平成１６年６月３０日、６０歳で惜しまれながら人生の幕を閉じられました。</p>
<p>
　プロ野球界では、日本球界を代表する一流の選手を育て、そして、どこのチームからも引っ張られる実力派でした。</p>
<p>
　６０才を目の前にし、教員免許を通信で取り、教壇に立ちます。<br />
　<span class="box-yellow b">高畠氏が生きたどの時代も、文字通り「フルスイング」で全力疾走されている様子が描かれています。</span></p>
<p>
　自分が読んだ本は、文庫本化されたもので、</p>
<p>
「甲子園への遺言」　伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯<br />
　著者は門田隆将氏、発行が講談社文庫です。</p>
<p class="b">
　この本を書店で見つけた瞬間に買ってしまいました。</p>
<p>
　文庫本になる前に、すでにハードカバーとして販売されていたのですが、販売の事実を恥ずかしながら知りませんでした。</p>

<h3 class="m50-t">涙なくして読めない名著</h3>
<p class="m20-t">
　冒頭から、涙にむせてしまいました。</p>
<p>
　本文を引用させていただきます。</p>
<blockquote style="background: #e0ffff">
「導宏っ（みちひろ）、<br />
　お前はなあ、兄ちゃんの誇りじゃ。<br />
　よう頑張ったなあ。お前は頑張りすぎたんじゃ。<br />
　いっつもいっつも、一生懸命やってなあ。<br />
　もうえい。もうえいそ、導宏。<br />
　ゆっくり休めよ。<br />
　お前は、ほんまに兄ちゃんの誇りじゃあ……」</blockquote>
<p>
　そこから涙なくして読むことができず、ずっと涙にむせて読んでしまいました。</p>

<h3 class="m50-t">高畠氏の一生を通して語られる人生哲学の書</h3>
<p class="m20-t b">
　この本は、野球を知らない人、いや、老若男女すべての人が、引き込まれると思います。</p>
<p>
　豊かな才能を大いに期待されたアマチュア時代から始まり、才能の開花を誰もが疑わなかったのに、あまりにも早く突然に訪れたケガによる挫折。</p>
<p>
　そこで腐らず、シンキング・ベースボールを独自に発展させていった見識と行動力が素晴らしいです。</p>
<p>
　選手一人一人の素質と人間性を叱ったり否定することなしに指導力を発揮し、誰にも真似のできない眼力を養っていきます。</p>
<p>
　コーチとして一流だったにもかかわらず、それに飽き足らず、過酷なプロ野球コーチ生活の中、通信教育で教員資格を取得されますが、きっと若者に大きな夢を託し、自らが直接若者の育成に携わりたかったのでしょう。</p>
<p>
　人気コミック「あぶさん」に南海時代のコーチとしても登場され、「あぶさん」つながりでご存知の方も多いのではないでしょうか。</p>
<p class="f12pt red b">
　本当に「熱い」生き方をされてこられました。</p>
<p>
　野球を志す者は、必ず「甲子園」を夢見るものです。</p>
<p>
　同志として、その意志に強く共感いたしました。</p>
<p>
　落合氏（現中日監督）の高畠氏評を知ることが出来ず、それがちょっと残念です。<br />
　あの独特の言い回しで表現される高畠氏の評価を知りたいものです。</p>

<h3 class="m50-t">たくさんの方々に読んでほしい</h3>
<p class="m20-t">
　ドラマの「フルスイング」も良かったですが、この本はもっといいです。</p>
<p class="blue b">
　この本を読んで心の底から、「一人でも多くの方に読んでほしい」と思いました。</p>
<p class="blue b">
　本当に価値のある一冊だと思います。</p>
<p>
　きっと読む方の心を捉え、夢中にさせてくれることでしょう。</p>
<p>
　多くの人に読んでいただき、長く語り継いで欲しい本です。</p>
<p>
　男涙を汗に変え、真剣に生きていこう！</p>
<p>
　そのような感動をもらえます。</p>
<p>
　特に印象的な言葉は、次の言葉です。</p>
<p class="m20-l lh17 f12pt"><strong>
「覚悟に勝る決断なし」<br />
「氣力」<br />
「もしもの時、取り乱すまいぞ」</strong></p>
<p>
　忘れていた情熱を想い出させてくれる勇気を奮い立たせてくれる一冊です。</p>
<p>
　自分の中学１年の息子にも読ませようと思いました。</p>
<p>
　自分においては、生涯手放すことのない一冊になることでしょう。</p>

<h3 class="m50-t">フルスイングの人生</h3>
<p class="m20-t">
　またまた本文から引用させていただきます。</p>
<blockquote style="background: #e0ffff">
<p>
　高畠は「気力」の大切さを３０年の指導者人生で説きつづけたコーチである。<br />
　プロ野球の中でも彼ほど「気力」を大切にしたコーチはいない。<br />
　高校や大学、社会人、そしてプロ野球という勝負の世界で高畠自身が、なにくそ、という気力と闘志ですべてに立ち向かってきた。<br />
　誰よりも早く起きてバットを振り、怪我をしてもへこたれず、どんな逆境でも最大限の努力を怠らなかった。<br />
　それを支えたのが、彼の「気力」だったからである。</p>
<p>
　高畠の書く気力の「気」という字は、気の中が“メ”ではなく、“米”である。</p>
<p class="b">
「気力の“氣”という字は、メじゃなくて米を書くんだぞ」</p>
<p>
　高畠は生徒たちにそう言いながら、黒板に何度も大きく「氣力」と書いている。<br />
　これからの人生でさまざまな困難に立ち向かうことになる生徒たちに、気力でそれを克服するよう何度も話している。</p>
<p>
　気力がなければ困難を克服することはできないし、紙一重の勝負に勝利することもかなわない。</p>
<p class="b">
　生涯、勝負の世界に身を置いた高畠は、精神力、つまり気力の存在をいつも最重視したのだ。</p>
<p>
　教員生活２年目の平成１６年５月１２日。<br />
　突然の告知で余命六ヵ月と知らされた高畠は、この日、筑紫台をあとにしている。<br />
　その午前中、高畠はぎりぎりまでニコマの授業をこなした。</p>
<p>
　高畠はこの年、総合学科一年一組の副担任となっていた。<br />
　高畠にとって最後の授業は偶然そのクラスだった。</p>
<p>
　同僚の教師がいう。</p>
<p>
「高畠先生は最初の授業の時、私たちに、将来の夢を作文に書かせました。<br />
　私は剣道で全国優勝する夢を書きました。<br />
　先生は、その作文を卒業の時に全員に返すから、といって持っていかれました。<br />
　でも、間もなく先生は、癌になりました。<br />
　最後の授業の時、先生は、病院で検査したら立っていられるのが不思議なくらいの症状だった……と話してくれました。<br />
　それでも、黒板に“氣力“と書いて、君たちはこれからの人生でいろいろな困難にぶつかるだろう。<br />
　でもどんなことがあっても気力で乗り越えてくれ、いいか、人生には気力が大事なんだよ、といってくれました。<br />
　それが高畠先生の最後のお話でした。<br />
　私たちは先生に励ましの手紙を書きました……」</p>
<p>
　授業が終わればそのまま高畠は学校をあとにすることになっていた。<br />
　高畠は、時間いっぱい授業をおこなった。チャイムが鳴り、教壇を降りて教室を出ていこうとする高畠に、クラスの女子生徒たちが励ましの手紙を握りしめて駆け寄った。</p>
<p>
「先生、先生」</p>
<p>
　みな泣いていた。<br />
　それを見つめる男子生徒たちの目にも涙が灘んでいた。</p>
<p>
「大丈夫やから……。なあ、みんな、大丈夫やから……」</p>
<p>
　意外な女子生徒たちの行動に、高畠の表情に戸惑いと慰しさ、そして一抹の寂しさが浮かんだ。<br />
　女子生徒たちの肩を抱きながら、高畠の声は詰まっていた。</p>
<p>
「先生、がんばってください……」</p>
<p>
「ああ、絶対帰ってくるとも」</p>
<p>
　二度と戻ることができないことを知りながら、高畠は生徒たちを逆にそう励ました。</p>
<p>
　夢というものを最も大事にした高畠。</p>
<p>
　この時、自らの夢をあきらめなければならない無念を彼はどう感じていたのだろうか。</p>
<p>
　筑紫台高校の剣道部員たちが試合に臨む時、腕に「氣力」と書き込むようになるのはそれからのことだ。</p>
<p>
　剣道部の生徒がいう。</p>
<p>
「この“氣力”という言葉は、高畠先生が言い残してくれた大切な言葉です。<br />
　これを私たちは受け継いでいかなければならないと思っています」</p>
</blockquote>
<p class="m50-t al-c f13pt b">
自分の四十代のテーマも、「フルスイング」で行こう！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>久々にライフプラン・年金セミナー講師を務める</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/fp/post_1/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.627</id>
   
   <published>2008-12-20T04:18:41Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>平成20年12月19日（金）、とある大企業の労働組合の勉強会に講師として招かれた。15：00からの約２時間、講師を務めさせていただいた。お声掛けをいただいたのは、（社）茨城県労働者福祉協議会様だった。今回はライフプランの中でも「年金」と「社会保障制度」に関してという公共的なお題だったのと、受講された皆様が非常に若かったこともあって、ブログに記述してみた。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="まちづくり活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ＦＰ関連情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　平成20年12月19日（金）、<span class="b">とある大企業の労働組合の勉強会に講師として招かれた。</span><br />
　15：00からの約２時間、講師を務めさせていただいた。</p>
<p>
　お声掛けをいただいたのは、（社）茨城県労働者福祉協議会様だった。<br />
　<span class="b">（社）茨城県労働者福祉協議会様は、労働者のための福祉活動を推進し、労働者の経済的、社会的地位の向上に寄与することを目的とした活動を展開されている社団法人だ。</span></p>
<p class="m30-b">
　自分は恥ずかしながら今回、（社）茨城県労働者福祉協議会様を初めて知った。<br />
　様々な活動の一環で、財布プランセミナーも年に数度開催されている。<br />
　<span class="blue b">素晴らしいことだ。</span></p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　（社）茨城県労働者福祉協議会様のホームページにリンクを付けておこくので、興味ある方は訪れて下さい。</p>
<p class="link-next">→　<a href="http://www5.ocn.ne.jp/~roufuku/" target="_blank" rel="nofollow">（社）茨城県労働者福祉協議会</a></p>
<p class="m30-t">
　通常一企業様のセミナー等は、ブログに掲載することは無いのだが、今回はライフプランの中でも「年金」と「社会保障制度」に関してという公共的なお題だったのと、受講された皆様が非常に若かったこともあって、ブログに記述してみた。</p>
<p>
　昔サラリーマンをしていた頃にお世話になった、今でも師匠と崇め奉るＯ氏に、自分が20代中旬に薫陶を受けたのだが、その時に良く、<br />
<span class="blue b">「君たち若者がこれからの世の中を背負うのだから、頑張って勉強し、苦労を背負い、人の心が良く分かる人間になるんだぞ。」<br />
「君たちのような若者を見ていると、一生懸命に後押ししたくなるよ！」</span></p>
<p>
　という感じでよく仰られていた。<br />
　本当に懐かしい。</p>
<p>
　そのＯ氏に仕えた頃と、今の自分の年齢がほぼ同じになってしまったわけなのだが、何となくその元上司の心情が分かるというものだ。<br />
　<span class="b">これからを背負う若者には、本当に頑張って欲しい！</span></p>
<p>
　そんな心情もあって、ブログに記述してみた。</p>
<p>
　ちなみに今回は、緊急のピンチヒッターで講師を請け負ったのだが、実は年金のセミナーとなると、06年2月以来、なんと2年と10ヶ月ぶりだった。<br />
　密かにあせったね。</p>
<p>
　以下当時の様子と感想を述べてみる。</p>

<h3 class="m50-t">講義中の様子</h3>
<p class="m20-t">
　あたりまえだけど、若者たちは興味をあまり示す話題では無かったように思う。</p>
<p>
　自分が30歳前に、ライフプランやら年金やら、あるいは社会保障という話題を聞かされたとしたら、それは眠くなることだろう。<br />
　仕方が無いと思うよね。<br />
　なんかわけのわからない奴が急に来て、話を聞かされるわけだから・・・<br />
　自分が聴衆のほうでも、あんな感じだったかもと思いながら、進めていた。</p>
<p>
　ただ中には目が合うたびに、相槌を打ってくれたり、目をそらさないように聞いてくれたりと、その心に嬉しいものを感じた。<br />
　よくぞあの題材で寝ることもしないで頑張って聞いていただいた。</p>
<p class="m20 al-c f13pt b">本当にお疲れさまでした。ありがとう。</p>
<p>
　自慢ではないが、自分は企業内の研修というと、良く寝ていたよ。<br />
　恥ずかしい限りです。</p>

<h3 class="m50-t">若者へのメッセージ</h3>
<p class="m20-t">
　当日のお題は、「ライフプランと年金」</p>
<p>
　ライフプランニング自体は、実は良く理解しておかなくてはいけないことだと思うが、若者には若者の特権があり、気絶するまで酒を飲むとか、それはそれで貴重な人生勉強だと思うんだね。<br />
　セミナーの中でも触れたけど、自分は酒を良く飲んだし、若い頃はツケで飲み代を支払っていたこともある。</p>
<p>
　そんな自分が、計画的に資金を貯めて、計画的に支出をしよう<br />
　というのは、ちょっとおこがましいわけで、<br />
　むしろ、自分らしく、<strong>「日々思い出作りをしよう！」</strong><br />
　なんていうほうが好きなんだね。</p>
<p>
　友人たちは良く分かると思う。</p>
<p>
　ただ高度成長期に制度設計された社会保障制度が、もはや制度疲弊も甚だしい現状となり、新たなパラダイムを模索していかねばならない今日にあって、<span class="red b">社会保障の給付と負担の公平について、人任せにしないで、自分の頭で悩み考えてみよう！</span><br />
　ということは強く申し上げたい。</p>
<p>
　社会保障制度というと、ややもすると命題が大きすぎて、自分のこととして感じないわけだけど、<span class="b">誰もが日本国の社会保障制度の枠の中にあり、そして知らず知らずのうちに恩恵を得る。</span></p>
<p>
　その制度自体を、誰かが作っているのだが、その中身が分からないようでは、不都合や不公平に対して声を上げようにも上げられないわけだ。<br />
　そこが大きな問題だと感じるんだね。</p>
<p class="blue b">
　自分たちの「国のかたち」は自分たちが決める！<br />
　という気迫や興味をぜひ若者に持って欲しいと思う。</p>
<p class="m30-t">
　まぁ、若者に訴え、伝えながら、自分自身も初心に帰らなければいけないと感じた、貴重な時間だった。</p>
<p class="m50-t al-c f13pt b">
お世話になった（社）茨城県労働者福祉協議会様、<br />そして主催団体の幹部様、ありがとうございました。<br />
また若者諸君、ご静聴ありがとう！</p>
<p class="m50-t al-c f13pt b">
若者よ、大志を抱き吠えろ！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>凄いバッターになるトレーニング方法を今度は発見</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/fun/batting1/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.618</id>
   
   <published>2008-12-14T13:18:28Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>バッティングの才能を開花させるために最高の練習方法があった。なんとも凄い教材を見つけてしまいました。もっと早く出してくれれば良かったのに・・　小学生から実践すれば・・・爆発的に才能が開花し強打者への道をまっしぐらのトレーニング法です。大阪桐蔭時代には４番として1991年の夏の甲子園を湧かせ、阪神ドラフト１位だった萩原誠氏が送る打撃教材。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="面白い発見" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p class="al-c f12pt blue b">もし、小学生から実践すれば爆発的に才能が開花する<br />誰でも実践可能な“打球を遠くに飛ばすコツ”とは？</p>
<p class="al-c b">もし、小学生から実践すれば・・・爆発的に才能が開花する</p>
<p class="al-c b">もし、伸び悩む打者の潜在能力が引き出されたとしたら・・・</p>
<p class="m30-t">
　なんとも面白い教材を見つけてしまいました。<br />
　もっと早く出してくれれば良かったのに・・</p>
]]>
      <![CDATA[<h3 class="m50-t">元プロ野球選手に直接指導を受けた経験（2006年）</h3>
<p class="m20-t">
　自分もこの２年の間に経験したのですが、ある元プロ野球選手にバッティングを教わりました。</p>
<p>
　その方はプロ野球では有名では無かったかも知れませんが、プロ野球生活10年を送られた方です。<br />
　<span class="red b">とてつもない衝撃でした。</span></p>
<p>
　振り返ってみると、自分のやっていたのはバッティングではなくて、ただの玉打ちだったのか・・</p>
<p>
　そんなふうに感じるほど、素晴らしい２時間でした。</p>
<p>
　やはりきちんと分かっている方に指導を受けるとことが、何よりも一番の早道です。</p>
<p>
　しかも、子どもに日常的に指導できるのは父親だと思うので、父親が良くバッティングを理解するのは、とてつもない武器になります。</p>
<p>
　もしあなたのお子さんやチームの選手が実践すれば、一段も二段も高い次元に到達できるのは、間違いありません。</p>

<p class="m30-t al-c red f13pt b">
　その秘密が、ここにあります。<br />
↓　↓　↓</p>
<p class="al-c button"><a href="http://www.e-consul.info/ur/batting1.htm"><span class="f14pt">失敗しようが無い一流打撃コーチセオリー</span></a></p>

<h3 class="m50-t">バッティングセオリーの指導者プロフィール</h3>
<p class="m20-t">
　この教材の指導者をご紹介しましょう。</p>
<p>
　萩原　誠(はぎわら　まこと）氏です。</p>
<p>
　萩原氏は、高校が大阪桐蔭高校であり、大阪桐蔭時代には４番として1991年の夏の甲子園で、なんと打率.688、３本塁打という驚異的な記録を残し、全国制覇に貢献した方です。</p>
<p>
　全日本高校選抜チームに選出され、高校通算58本塁打を記録しました。</p>
<p>
　その後、阪神にドラフト１位指名され、背番号31、を受け継ぎ「掛布2世」、「ミスター・タイガース」として期待されましたた。</p>
<p>
　ウエスタンでは、打点王、首位打者を取るなどして期待に違わぬ活躍をされたようですが、1998年に大阪近鉄バファローズにトレード入団、2001年にプロ野球界を引退されました。</p>
<p>
　一軍通算成績１２４試合、198打数38安打、5二塁打、1三塁打、4本塁打、14打点だそうです。</p>
<p>
　萩原氏は小学５年生から野球を始め、中学ボーイズリーグ大東畷で谷口功一氏（巨人）と共に全国制覇の経験もあるそうです。<br />
　そして日本選抜チームで世界大会優勝という栄光のコースを歩んでこられたわけです。</p>
<p>
　現在は、柔道整復師のライセンスを取得し、整骨院に勤務し多くのスポーツ選手のサポートケアを行っていらっしゃいます。</p>

<h3 class="m50-t">萩原誠(はぎわらまこと）氏の実際の声</h3>
<p class="m20-t blue b">
　実際の萩原氏の声をお届けしましょう。</p>
<p>
　ダウンスイングを指導してしまうと、体の構造上、必ず肩は開くものです。</p>
<p>
　それを、「肩が開いてるぞ！」と指導するのはナンセンスですよね？</p>
<p>
　自然に開くものを力ずくで閉じようとする選手のフォームは、ますます崩れてしまいます。<br />
　それだけではありません。</p>
<ul class="m10-l">
<li class="check">手打ちを防ぐバットの握り方</li>
<li class="check">選球眼を良くする立ち位置</li>
<li class="check">ジャストミートさせるタイミング</li>
<li class="check">遠くに飛ばす軸足の作り方</li>
<li class="check">効果が出るティーバッティングのやり方</li>
</ul>
<p>
　などについて正しく理解し、子供に指導出来る人は殆どいません。</p>
<p>
　多くのアマチュア指導者は、どこかで見聞きしたような理論を選手に指導した結果、「なんで選手のバッティングが延びないのか？」と悩んでいるのです。</p>
<p class="blue b">
　私もそのような経験があるので、あなたの気持は分かります。</p>
<p>
　少年野球で大切な事、それは勝ち負けだけではありません。<br />
　野球を楽しんでもらう事も同じくらい大切ではありませんか？</p>
<p>
　そのためにも、間違えた指導で選手のやる気と才能を摘み取ってしまってはなりません。</p>
<p>
　もし、あなたのお子さんがバッティングの悩みや、練習の辛さを訴え始めたなら？</p>
<p>
　お父さん、その悩みを救えるのはあなたしかいません。</p>
<p>
　今から私と一緒に、この問題を解決して行きませんか？</p>
<p>
　多くの少年野球指導者が、バッティング指導に関して知識が不十分です。</p>
<p>
　しかし、彼らの指導に対する情熱や努力を否定してはいけませんよ。</p>
<p>
　むしろ、私達は彼らに感謝するべきなのです。</p>
<p>
　彼らがいなければ、私達の子供はいったいどこで野球を練習できるのでしょう？<br />
　<span class="b">しかし、指導者の知識不足によりチームの戦力、士気を低下させているのは事実です。</span></p>
<p>
　指導者の熱意、努力は全く問題ありません。<br />
　<span class="red b">問題は、その“指導方法の古さ”にあるのです。</span></p>
<p>
　どのような優れた理論も、昔に自分が教わった内容や学んだ知識を進化させる事により出来あがります。<br />
　これは野球の指導方法でも同じです。</p>
<p>
　もはやプロの中では常識化されつつありますが、一昔前は“ダウンスイング”一辺倒だったバッティング指導も最近では“レベルスイング”に移行しつつあります。</p>
<p class="blue b">
　イチローや、松井などプロの好打者を見てみてください。<br />
　誰も、ダウンスイングなんてしていません。</p>
<p>
　これは、彼らが昔に教わったダウンスイング一辺倒のバッティング理論を自身で進化させた結果、もしくは進化した理論を優秀な指導者に教えてもらったからなのです。</p>
<p>
　つまり、優れた選手を育てるには、進化した指導方法を取り入れる事が手っ取り早いのです。</p>
<p>
　野茂、伊良部、イチロー、新庄、松坂など、今では数多くのメジャーリーガーを輩出している日本。</p>
<p>
　世界的に見ても野球が強い国にいる私達が、一昔前のバッティング指導にすがりついてはいけません。</p>
<p class="blue b">
　私は断言します。</p>
<p>
　このバッティング軸の作り方を、少年期から指導する事が何よりも重要なのです。<br />
　少年は成年と違い、動体視力、筋力、集中力、身長、体重など、野球に必要な基礎能力が劣っているのは当然です。<br />
　これら基礎能力は、成長を待つ以外にありません。</p>
<p>
　しかし、これら基礎能力を無視して、バッティングを確実に伸ばせる方法が、<span class="blue b">“ブレないバッティング軸”</span>を作る事なのです。</p>
<p>
　ブレない軸が作れるようになると、体幹の力でスイングが鋭くなるだけでは無く、選球眼が良くなり、前につっこまず、絶妙な間をつくりジャストミートさせる事が可能です。</p>
<p><span class="box-yellow b">
　ご存じのとおり、力が無くてもジャストミートさえできれば、打球は飛びます。</span></p>
<p>
　まずは、バットの芯に、ベストタイミングで当てること。</p>
<p>
　これが重要なのです。</p>
<p>
　そしてこれが、お子さんの基礎能力に関係なく、今よりも圧倒的にバッティングを良くする秘訣なのです。</p>
<p>
　そのためには、ブレ無い軸を作る事は大切です。</p>
<p>
　「では、“ブレ無い軸”とはどのように作られるのか？」<br />
　「野球素人のお父さんでも、本当にお子さんに指導出来るものなのか？」</p>
<p>
　と思われたかもしれませんが、ハッキリ言います。</p>
<p>
　軸を指導するのはとても、高いスキルが必要です。<br />
　本来であれば、野球経験が無い人では指導が出来ないでしょう。</p>
<p>
　しかし、野球素人のお父さんのでも、確実にお子さんへバッティング指導をできるようにするため開発されたのが今回の指導方法です。</p>
<p>
　だからご安心ください。<br />
　あなたは、確実にお子さんへ“ブレ無い軸”を指導する事ができます。<br />
　なにも“ブレ無い軸”だけではありません。</p>
<p class="b">
　私は握り方、構え方、立ち位置、ティーバッティングなど、お子さんを強打者にするために必要な全ての指導方法を、あなたにお伝えする事が出来ます。</p>

<p class="m30-t al-c red f13pt b">
　その指導方法とは？<br />
↓　↓　↓</p>
<p class="al-c button"><a href="http://www.e-consul.info/ur/batting1/"><span class="f14pt">失敗しようが無い一流打撃コーチセオリー</span></a></p>

<h3 class="m70-t">バッティング教材の一部ご紹介</h3>
<p class="m20-t">
　その一部を紹介すると・・・</p>
<ul class="m10-l">
<li class="check">手打ちにサヨナラ！自動的に腰でスイングさせるバットの握り方とは？</li>
<li class="check">なぜ、肩甲骨を○○すると、非力な少年でもバットを軽く感じる事ができたのか？</li>
<li class="check">今より確実に遠くへ飛ばすスタンスとは？</li>
<li class="check">83%以上のプロ野球選手が実践している、遠くに飛ばす立ち位置とは？</li>
<li class="check">基礎能力に関係なく、お子さんの飛距離が今より伸びる軸足の作り方とは？</li>
<li class="check">飛ばすバッティング軸を自分でチェックする方法</li>
<li class="check">ジャストミートを日常化するタイミングの作り方とは？</li>
<li class="check">ピッチャーに左右されない、飛ばすタイミングの作り方とは？</li>
<li class="check">なぜ、ティーネットを無視するとスイングが良くなるのか？</li>
<li class="check">ピッチャーの心理を知りつくし、嫌なぐらいプレッシャーをかける方法</li>
<li class="check">お子さんの下半身をロケット台に変える、４つの方法とは？</li>
<li class="check">強打が病みつきなる、選手の才能を開花させる無理のないスイング軌道とは？</li>
<li class="check">あれ？　なんで、こんなにボールが軽く感じるの？</li>
<li class="check">ジャストミートを確実にモノにする練習方法とは？</li>
</ul>
<p class="m30-t al-c">以上が一部になります。</p>

<p class="m30-t al-c red f13pt b">
　本文をどうぞ確認下さい。<br />
↓　↓　↓</p>
<p class="al-c button"><a href="http://www.e-consul.info/ur/batting1.html"><span class="f14pt">失敗しようが無い一流打撃コーチセオリー</span></a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>磐城高校野球部（母校）OB会がマスターズ甲子園09予選制覇</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/iyob/masters09_1/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.601</id>
   
   <published>2008-11-30T14:57:49Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:01Z</updated>
   
   <summary>母校磐城高校野球部ＯＢ会が、春に続きマスターズ甲子園予選を制しました。やりました。マスターズは、年輩者が最後に戦うので、脚がもつれたりしてわからないんですよね。これで磐城高校野球部（母校）OB会は、マスターズ甲子園089予選に続き、マスターズ甲子園09予選を制覇ということなので、２期連続での優勝となりました。昔年の磐城高校野球部ファンのみなさまの応援のおかげです。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　やりました。<br />
　母校磐城高校野球部ＯＢ会が、春に続きマスターズ甲子園予選を制しました。</p>
<p>
　マスターズ甲子園の準決勝・決勝が、08.11.30（日）に行われました。<br />
　決勝の結果は 7対3 で、見事に学法石川ＯＢを下しました。
　イニングスコアは以下の通りです。</p>
<p class="b">
決勝のイニングスコア</p>
<p>
　学石OB　3 = 010 002<br />
　磐城OB　7 = 003 103X</p>
<p>
　６回に同点を許しましたが、見事にその裏に勝ち越しました。</p>
]]>
      <![CDATA[<p class="b">
準決勝のイニングスコア</p>
<p>
　磐城高校OB　6 = 240 00<br />
　帝京安積OB　2 = 000 11</p>
<p>
　序盤の２回で勝負を決した感じでした。<br />
　でもマスターズは、年輩者が最後に戦うので、脚がもつれたりしてわからないんですよね。</p>

<h3 class="m50-t">磐城高校野球部（母校）OB会は２期連続の予選制覇！</h3>
<p class="m20-t">
　これで磐城高校野球部（母校）OB会は、マスターズ甲子園08予選に続き、マスターズ甲子園09予選を制覇ということなので、２期連続での優勝となりました。<br />
　昔年の磐城高校野球部ファンのみなさま、嬉しいことです。<br />
　みなさまの応援のおかげです。</p>
<p>
　益々精進するように、頑張らなければと思う次第です。</p>

<h3 class="m50-t">自分はケガで決勝寸前にリタイア</h3>
<p class="m20-t">
　しかし自分は決勝前の練習時のノックで、打球に飛び込んだ際に、顔面を痛打し、口の中を激しく切り、流血の怪我をしてしまいました。</p>
<p>
　そのまま救急の病院に直行し、口の中を４針縫うこととなってしまったのです。</p>
<p>
　でもアキレス腱を切ったり、激しい肉離れとかで、仕事に支障が出るような大きな怪我ではなかったので良かったことにしよう。</p>
<p>
　ただ口の周辺が当日から翌日にかけて、患部周辺が大きく腫れるだろうとお医者さんが言っていたので、お客さんのところで、顔を見られたときのリアクションが恐ろしい・・・</p>
<p>
　原因はなんと言っても運動不足なのに、昔のイメージで動いてしまうことなんだなぁ～<br />
　来年こそは身体を鍛え直そう！</p>
<p>
　それにしても、みんな良くやった！ 
　万歳！　万歳！　万歳！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>球速10Kmアップ 凄いピッチャーになるトレーニング方法発見</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/fun/pich/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.571</id>
   
   <published>2008-11-13T04:07:22Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>投げるボールが10Kmスピードアップしたら最高ですね。なんとも凄い教材を見つけてしまいました。もっと早く出してくれれば良かったのに・・　小学生から実践すれば・・・爆発的に才能が開花するケガをしない、理想のピッチャーになれるトレーニング法、球速10km/hアップ保証！ ソフトバンクホークス高橋投手も実践中！</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="面白い発見" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p class="al-c f12pt blue b">球速10km/hアップ保証！<br />ソフトバンクホークス高橋投手も実践中！</p>
<p class="al-c b">もし、小学生から実践すれば・・・爆発的に才能が開花する</p>
<p class="al-c b">ケガをしない、理想のピッチャーになれるトレーニング法とは・・・？</p>
<p class="m30-t">
　なんとも凄い教材を見つけてしまいました。<br />
　もっと早く出してくれれば良かったのに・・</p>
]]>
      <![CDATA[<p class="m20-t">
　以下は実際の急速のスピードアップ事例だそうです。</p>
<p class="m30-t m20-l lh18">
■長崎県：宮田信吾くん（11歳）少年野球<br /><span class="b">
※25km/hアップ！</span>　（70km/h　→　95km/h）</p>
<p class="m30-t m20-l lh18">
■埼玉県：坂本良平くん（15歳）少年野球<br /><span class="b">
※15km/hアップ！</span>　（105km/h　→　120km/h）</p>
<p class="m30-t m20-l lh18">
■東京都：三宅拓也くん（17歳）高校野球<br /><span class="b">
※12km/hアップ！</span>　（131km/h　→　143km/h）</p>
<p class="m30-t m20-l lh18">
■福岡県：藤堂聡くん（16歳）高校野球<br /><span class="b">
※10km/hアップ！</span>　（128km/h　→　138km/h）</p>
<p class="m30-t m20-l lh18">
■大阪府：原田悠斗くん（18歳）大学野球<br /><span class="b">
※11km/hアップ！</span>　（138km/h　→　149km/h）</p>
<p class="m30-t al-c red f13pt b">
　その秘密が、ここにあります。<br />
↓　↓　↓</p>
<p class="al-c button"><a href="http://nk.e-consul.info/su/pich.htm"><span class="f14pt">ピッチング・スピードアッププログラム</span></a></p>
<p class="m70-t">
　待望の、究極のピッチングトレーニング法が公開されたと言ってよいでしょう。</p>
<p>
　このトレーニング法の提供者は、スポーツ界のカリスマ・トレーナー『森部昌広』氏です。</p>
<p>
　彼は、プロ野球選手はもちろん、オリンピック選手にまで現在も、現役でトレーニング指導している超大物トレーナー。</p>
<p>
　このトレーニング法は、プロもリアルタイムで実践していますが、レベルの高いハードなトレーニングというわけではなく、小学生レベルから、しっかりと将来に向けて実践できるものだそうです。</p>
<p>
　現役で活躍する期間を最大限に延ばしながら、ケガのない体作りに加え、球速が爆発的に伸びるトレーニングだということです。</p>
<p>
　森部氏本人も100％球速はアップすると断言しています。</p>
<p class="b">
■もし、少年野球から実践しはじめたら…？</p>
<p class="b">
■もし、伸び悩む投手の潜在能力が引き出されたとしたら…？</p>
<p class="al-c f12pt blue b">
　どこまで球速が伸びるのか、誰にも想像がつきません。</p>
<p class="m30-t">
　一体どんなトレーニング法だと思いますか？</p>
<p>
　これほどのトレーニング法が、今まで一般に出回らなかったのは、プロを対象にした『マンツーマン指導』を主に行っていたため、中々、一般の人たちに指導する機会が持てなかったからだそうです。</p>
<p>
　今までに森部氏は、このようなトレーニングノウハウを教材として一般に公開したことは過去に一度もありません。</p>
<p>
もし・・・</p>
<p>
　あなた、もしくは、あなたの教え子が実践すれば、1段も2段も高い次元に到達できるのは、まず間違いありません。</p>
<p>
もし、<br />
　あなたが、理想の投手を目指す、教え子を理想のピッチャーに育てたいなら、今を見逃すことは大きな飛躍のチャンスを逃すことになるでしょう。</p>

<p class="m30-t al-c red f13pt b">
　ぜひ一度ご覧になってみてください。<br />
↓　↓　↓</p>
<p class="al-c button m50-b"><a href="http://nk.e-consul.info/su/pich.htm"><span class="f14pt">ピッチング・スピードアッププログラム</span></a></p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>高校時代親友の娘さんがソフトボールで東京都大会を制覇</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/friends/softball08/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.554</id>
   
   <published>2008-10-30T10:07:04Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>高校時代の同士、野球部のエースであった山澤の娘さんがソフトボールで東京都大会を制したとの報を受けた。しかもエースピッチャーで３試合を投げて、なんと自責点ゼロの活躍だったそうである。グレイト！！　ブラボー！！　ワンダフル！！　やはり蛙の子は蛙だったか。大舞台で力を発揮するDNAを持っていたか。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="友人つながり" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　高校時代の同士、野球部のエースであった山澤の娘さんが<span class="box-yellow b">ソフトボールで東京都大会を制した</span>との報を受けた。</p>
<p class="blue b">
　しかもエースピッチャーで３試合を投げて、なんと自責点ゼロの活躍だったそうである。</p>
<p class="al-c lh19 f14pt red b">
　グレイト！！<br />
　ブラボー！！<br />
　ワンダフル！！</p>
<p>
　以下はバッテリーを組んでいた男の弁である</p>
<p>
「やはり蛙の子は蛙だったか。<br />
　大舞台で力を発揮するDNAを持ってるんだ。<br />
　ひじ壊さないように指導しないと・・・」</p>
</div>

<div class="al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/softball.jpg" alt="１０月２８日付け朝刊（東京中日スポーツ）の記事" width="539" height="740" />
]]>
      <![CDATA[<p class="m50-t">
　上は１０月２８日付け朝刊（東京中日スポーツ）の記事だそうである。</p>

<p>
　去る平成２０年１０月２５日から２６日、少年少女ソフトボール東京都大会（５年生以下：２００９年全国大会予選）が実施され、山澤の娘さん所属のチームが優勝し、全国大会出場を決めた。</p>
<p>
　今回、娘さんは他小学校チームへ補強（投手）として出場したそうな。</p>
<p class="f12pt blue b">
　初戦で、優勝候補を完封し、勢いに乗り、決勝も完封！<br />
　今大会３試合を投げ、自責点０で投げ抜いたというからあっぱれだ。</p>
<p>
　来年夏（０９年８月）の全国大会（広島開催）に向けて親子共々がんばるとは、父の弁である。</p>

<p>
「菅野さんは、<br />
　今年約束したのに来なかったから、来年は是非広島に来てください」<br />
　と娘さんが言っていたというので、これはかなり頭を悩ませる。<br />
　うう～</p>
<p>
　娘さんはまだ５年生なんで、球速はまだまだのようだが、ウィンドミルで豪快に投げているようだ。</p>
<p>
　どこまで球速をアップさせることができるのか。</p>
<p class="b">
　父の山澤のボールは速かった。<br />
　主将とよっちゃんの根性は凄かった。<br />
　ショート健次は上手かった、おかげでどれだけ助けられたか・・<br />
　酒井のさぼりの誘いは麻薬のようだった・・</p>
<p class="b">
　ぶちこわしの菅野とは、良く言ってくれたものだ</p>
<p class="m50-t">
　上野投手始めとする、<br />
　ソフトボールジャパンの優勝に感動の雨・嵐だった今年の夏<br />
　<span class="f12pt blue b">山澤二世は、上野投手のように羽ばたくのか？！</span><br />
　今後大いに注目したいものだ。</p>
<p>
　バッテリー相方の心配をよそに、<br />肘、肩は、アイシングしてるので大丈夫のようだ。</p>
<p class="m30-t al-c f12pt red b">
　合言葉は<br />
「２００９年８月、広島の応援に集え」<br />
「広島を熱くする少女ソフトボール全国大会」</p>
<p class="m50-t">
　バカにされないように、自分も走っておこう。<br />
　それにしても、めでたいことだ。</p>
<p class="m70-t al-c f12pt b">
　頑張れ山澤二世！<br />
　練習と努力は、自分を裏切ることはないぞ！</p>
<p class="m70-t al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/mohikan.jpg" alt="中学３年の時モヒカンにした写真" width="298" height="193" /><br />
<span class="f10pt">（中学３年の時にモヒカンにした画像、当日学校で五厘刈にされた）</span></p>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>高校生の道徳授業で講師を務める</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/machi/koukou0810/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.556</id>
   
   <published>2008-10-23T05:47:31Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>10月22日（水）、石岡一高の道徳の授業に招かれて校外の講師を務めた。11：30からの４時間目の授業においての出来事だった。現在の高校１年生は道徳の授業があるそうで、そこで社会人を呼んで、様々な話を聞かせたいということであった。一部、菅野が講師では生徒が可愛そうだ・・・という声も当然あった。本文で当時の様子と感想を述べてみる。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="まちづくり活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　10月22日（水）、<span class="b">石岡一高の道徳の授業に招かれて校外の講師を務めた。</span><br />
　11：30からの４時間目の授業においての出来事だった。</p>
<p>
　お声掛けをいただいたのは、かしてつ応援団から縁のあった栗又先生だ。<br />
　栗又先生には、昨年のＪＣの「ティーンズ・プロジェクト08」においても、多大にお世話になり、本当に頭があがらない。<br />
　そんな縁もあって、お声掛けいただいた時には快諾した。</p>
<p>
　現在の高校１年生は道徳の授業があるそうで、そこで社会人を呼んで、様々な話を聞かせたいということであった。</p>
<p><span class="blue b">
　一部、菅野が講師では生徒が可愛そうだ・・・</span><br />
　という声も当然あった。</p>
<p>
　以下当時の様子と感想を述べてみる。</p>
]]>
      <![CDATA[<p class="m20-t">
　自分が声かけをいただいたのも、それは青年会議所（ＪＣ）時代の縁であり、一人で出かけるよりは、数人で出かけ、また青年会議所（ＪＣ）と石岡一高のつながりも継続してもらいたいと思い、ＪＣ後輩にも一部を請け負ってもらった。<br />
　ＪＣメンバーには、「石岡市の現状」と題し、中でも石岡市における防犯の実情と自分たちでできることを中心に話をしてもらった。</p>

<h3 class="m50-t">前半の青年会議所（ＪＣ）からの講義</h3>
<p class="m20-t">
　あたりまえだけど、高校生たちは眠そうだった。</p>
<p>
　まぁ自分の高校生時代を思い出しても、仕方が無いと思うよね。<br />
　なんかわけのわからない奴らが急に来て、話しをしてるんだから・・・<br />
　自分が高校生でも、あんな感じだったかもと思いながら、高校生を見ていた。</p>
<p>
　ＪＣでは、まちづくり委員長の内山君を始めとして４人のメンバーが来てくれていた。<br />
　その中の一人、副委員長が「石岡市の現状」について話を進めた。</p>
<p>
　しかし今は、いろんな授業があり、先生も生徒も大変だな。<br />
　自慢ではないが、自分たち野球部は本当に良く寝ていたよ。</p>

<h3 class="m50-t">いよいよ菅野の出陣</h3>
<p class="m20-t">
　そして、いよいよ自分の番になった。<br />
　想定よりも10分近く速く回ってきた。</p>
<p>
　自分のお題は、「高校生に期待すること」</p>
<p>
　まず挨拶を述べるが、残念なことに挨拶の声が小さい。<br />
　なんということだ・・・</p>
<p>
　思わず「挨拶」のレクチャーをしてしまった。<br />
　自分は企業において、講師をさせていただくことが多いのだが、ちょっと前に接客のレクチャーをしたので、挨拶について言及してしまった。</p>
<p>
　挨拶は、やはり人と人とがつながる重要な潤滑油であり、挨拶ができている人は気分がいい。<br />
　誰しもがそうだろう。<br />
　本来であれば、声が出ていない生徒をつかまえて、軍隊のように何回も何回もできるまで仕込みたかったが、それは筋が違うのでやめた。</p>
<p class="m30 lh19 b">
　しかし挨拶とは、<br />
　明るく、<br />
　いつでも、<br />
　先に、<br />
　続けて<br />
　行うのだ！！　と叫んだ。</p>
<p>
　そしたら、感想文にそのことがちゃんと書いてあったので嬉しかった。</p>
<p>
　まぁどこに行っても、話しをし過ぎるくらいしてしまう自分なのだが、その日も例によって時間が足りなくなってしまった。</p>
<p>
　高校生の顔を見ていたら、なんか気の毒で、自分の高校から大学に至るまでの体験談で終始してしまった。<br />
　当然高校というと、野球しかしていないわけで、そこで学んだことを身近に感じるように話したつもりだ。<br />
　そして野球が終わって、目標を見失い魂が定まらなかったこと、猛然と受験勉強に励んだこと、<br />
　なぜか大学でモダンバレエをしていたことなどなど、<br />
　自分で言うのもなんだけど、結構普通では無い路を歩んだだけに面白いんじゃないかと思った。</p>
<p>
　同級生たちは知っているけど、自分は４ヶ月で国立大学に受かったのだが、その秘訣も教えたりした。</p>
<p class="lh18">
　最後に、高校生諸君に向けて、<br /><span class="blue b">
「とにかく自分探しを一生懸命しよう！」<br />
「一事が万事で、万事が一事であること」<br />
「人が動くのは感動と一生懸命さである」</span><br />
　ことを伝え、全員の大いなる飛躍をお祈りし、話を閉めたわけである。</p>
<p class="m30-t">
　まぁ、高校生に伝えながら、自分自身も初心に帰らなければいけないと感じた、<br />
　貴重な時間だった。</p>
<p class="m20-t al-c f13pt b">
　お世話になった先生方、ありがとうございました。<br />
　また高校生諸君、ご静聴ありがとう！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>清原の引退に秋風を感じながら・・</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/kiyohara/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.535</id>
   
   <published>2008-10-01T14:45:05Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>清原もユニフォームを脱ぐ。桑田に引続き、同じシーズンで時代の寵児であったＫＫコンビがついに両雄揃っての引退となった。無性に寂しさが込み上げてくる。桑田・清原は、自分と全くの同年代なので、余計にそう感じるのだろう。一時代が過ぎ去った気がする。桑田と清原の駆け抜けた時代は、きっといろんな人の脳裏に鮮やかに残ることだろう。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　清原もユニフォームを脱ぐ・・・</p>
<p>
　桑田に引続き、同じシーズンで時代の寵児であったＫＫコンビがついに両雄揃っての引退となった。<br />
　王監督の時にもそうだったが、無性に寂しさが込み上げてくる。<br />
　桑田・清原は、自分と全くの同年代なので、余計にそう感じるのだろう。</p>
<p>
　一時代が過ぎ去った気がするな。<br />
　我々世代も40代となったわけで、いわゆる不惑だが、自分はまだ惑ってばかりだなぁ・・<br />
　桑田と清原の駆け抜けた時代は、きっといろんな人の脳裏に鮮やかに残ることだろう。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　テレビを通じて、清原を初めて甲子園で見たときは本当にたまげた。<br />
「これが同じ学年の人間か！」と。<br />
　桑田も凄かったけど、清原のほうが鮮烈だったね。<br />
　当時常勝だった水野さん率いる池田高校を破ってしまったんだから。</p>
<p>
　甲子園では滅茶苦茶打ち、３年の夏には５本もホームランを打ったわけだけど、強烈に覚えているのは、後に大洋に進んだ中山（高知商）から、特大の一発を打ったシーンだ。<br />
　中山の球も速くて、恐らく１４５Ｋｍくらい出ていたはずなんだけど、それをものの見事にレフトスタンド上段まで運んでしまったわけだ。<br />
　推定１４０ｍとか言われていた。</p>
<p>
　たまげたな。
　高校時代は、頼むからＰＬとは当たらないでくれ、と本気で思っていたし、そう思っていた高校も多かったんじゃないのかな。</p>
<p>
　まぁプロに入ってからも１年目で３割、３０本、７０打点だもんな。<br />
　今も騒がれる高校生がいるけど、１年目からそれだけの結果を出せる人間はいないよな。<br />
　これからも現れないんじゃないのかな。</p>
<p>
　西武では、本当に４番の仕事をしていたな。<br />
　点数が欲しいところで、きちっと単打を打ち、打点を上げるような器用な打撃が印象的だったけど、やはり清原を語るのは、野茂だったり、伊良部だったり、あるいは松坂という剛球投手との力と力の対決だね。</p>
<p>
　松坂は、<br />
「なぜか真っ直ぐで勝負したくなる。バットをへし折りたくなる」<br />
と言っていたが、野茂や伊良部も同様の心境だったのだろう。</p>
<p>
　なぜか力勝負を挑みたくなるような、そうした男気こそが清原の真骨頂だったのだろう。<br />
　あれだけファンを集めるんだから、本当に大したもんだよな。</p>
<p>
　それにしても、晩年は怪我との戦いだった。<br />
　そうした意味では本当にご苦労様だ。<br />
　清原は酒も良く飲んだようなので、不摂生も少しはあったような気がするね。</p>
<p>
　あの存在感は、どこへ行っても変わらずにボスのような感じだった。<br />
　ああいう観客を熱狂させる選手がこれから出てくるのか、疑問だな。</p>
<p>
　しかしイチローもシーズンを終えたばかりで来たんだから、清原はなんか凄いよな。</p>
<p>
　それにしても王さんの一言が素晴らしい。<br />
「生まれ変わったら、来世は一緒のチームでホームランを打ち合おうな」<br />
　という言葉を清原に掛けたらしいけど、王さんという方はとてつもなく凄い方だ。<br />
　ニュースを見ていて、本当に感動した。なかなか言えるような言葉ではないよね。</p>
<p>
　ところで桑田は球場に来ていなかったのかな？<br />
　イチローだけでなくて、桑田もいれば良かったのに。</p>
<p>
　ああ、野球界が寂しくなるよ。<br />
　まぁでも本当にお疲れさま清原、今宵は散々飲んでくれ！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>イオン・レイクタウン（越谷）のオープンに行ってみた</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/privacy/laketown/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.537</id>
   
   <published>2008-09-26T14:30:05Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>イオン・レイクタウンが、ついに越谷にオープンした。08年09月26日（金）のソフトオープンの日、レイクタウンに行って来た。いや～、広いのなんのって・・　店舗も700店舗以上とかで、とにかく１日で回りきれる大きさではない。写真で様子を語ったほうがイメージが湧くと思うので、写真を貼っておこう。エコ（環境）配慮も進んでいると言うので、機会があったら調べてブログに掲載したい。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="個人の活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　イオン・レイクタウンが、ついに越谷にオープンした。<br />
　08年09月26日（金）のソフトオープンの日、レイクタウンに行って来た。<br />
　いや～、広いのなんのって・・<br />
　店舗も700店舗以上とかで、とにかく１日で回りきれる大きさではない。</p>
<p>
　写真で様子を語ったほうがイメージが湧くと思うので、写真を貼っておこう。</p>

<p class="al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-03.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウン２Ｆの中央部" class="al-c" /></p>
]]>
      <![CDATA[<p class="al-c">
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-05.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウンＫＡＺＥ２Ｆの通路" class="al-l" />
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-04.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウン２ＦのＫＡＺＥとＭＯＲＩの連絡路" class="al-r" />
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-01.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウンＫＡＺＥ・２Ｆにあった素敵なお店１" class="al-l" />
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-02.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウンＫＡＺＥ・２Ｆにあった素敵なお店２" class="al-r" />
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-06.jpg" width="448" height="336" alt="レイクタウンＭＯＲＩ・３Ｆにウルトラマンシュワッチベースがあった" class="al-c" /></p>
<p class="al-c">ウルトラマンの専門店、ウルトラマン・シュワッチベースという店があった。<br />
なんかヒーローやら怪獣やらで面白かった。<br />
ウルトラマンが沢山いたし、でかい像もあった。</p>
<p class="al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/0810lt-07.jpg" width="533" height="422" alt="ウルトラマンシュワッチベース内のバルタン星人" class="al-c" /></p>
<p>
　バルタン星人には目を奪われた。<br />
　その他、子どもを遊ばせるには面白うそうな施設があり、１日中楽しめそうだ。</p>
<p>
　とにかく越谷に出現したイオン・レイクタウン、その巨大モールにただただびっくりだ。</p>
<p>
　エコ（環境）配慮も進んでいると言うので、機会があったら調べてブログに掲載したい。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>王監督ありがとう！　王貞治は永遠のヒーローだ！</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/zakki/ohkansha/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.531</id>
   
   <published>2008-09-24T15:34:27Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>王監督がユニフォームをついに脱ぐ・・・ いつかは来ることだが、無性に寂しさが込み上げてくる。新聞にはＯＮ時代の終焉とか書かれてあった。確かに、あの偉大なる二人はグラウンドを去ったかもしれない。しかしながら、長嶋さんと王さんの鮮烈な記憶は様々な人の脳裏に鮮やかに残り、永遠にその色を失わないのではないだろうか。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="雑記録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　王監督がユニフォームをついに脱ぐ・・・</p>
<p>
　いつかは来ることだが、無性に寂しさが込み上げてくる。<br />
　長嶋さんの時もそういう寂寥の感覚を強く覚えたが、本当に寂しいもんだ。</p>
<p>
　新聞にはＯＮ時代の終焉とか書かれてあった。<br />
　確かに、あの偉大なる二人はグラウンドを去ったかもしれない。<br />
　しかしながら、長嶋さんと王さんの鮮烈な記憶は様々な人の脳裏に鮮やかに残り、永遠にその色を失わないのではないだろうか。</p>
<p>
　そうあって欲しいと心から願う。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　自分が野球を始め、夢中になりだした頃は、すでに長嶋さんは監督だった。<br />
　王さんが世界記録を達成した頃というのは、本当に子どもながらに熱中した記憶があるし、王さんのホームランを生で見たことがあり、それはもう感動の雨嵐だった。<br />
　自分が野球にのめりこんでいったのは、やはり王さんの活躍する姿に大いに感化されたと言えるのだ。</p>
<p>
　磐城高校野球部の同級生・Kは立教大学で活躍し、立教大学を日本で準優勝に導き、大いに貢献した友人だが、その友人が言ったことがある。<br />
　長嶋さんの存在感は、とてつもないオーラを出していたと。</p>
<p>
　きっとそうなんだ。<br />
　あの存在感はとてつもないオーラを発しておられんだ。<br />
　まさにスーパースター！</p>
<p>
　イチローも王さんのことを最大限の賛辞で褒めていた。<br />
「野球人で偉大な記録を残した人は多いけど、その中で心から尊敬できる人はまれである。<br />
　その中の一人である。」と<br />
　王さんの人格・品格・器の大きさに魅了され、もう一度仕えたいと、イチローをして言わしめる王さんは、本当の偉大な人格者なのだろう。</p>
<p>
　小久保も泣いていた。<br />
　松中も泣いていた。<br />
　しかし残念なのは、なんで王さんの最後の試合で勝てないんだよ、華を咲かせてあげられないんだよ。<br />
　14年間率いてきた最後のゲームは死に物狂いで勝ちに行って欲しかった。</p>
<p>
　とにかく王さんは、本当にご自分をお捨てになり、野球界の発展のためにご尽力していただきました。<br />
　我々に夢や勇気を与えていただきました。</p>
<p>
　本当にありがとうございました。<br />
　そしてお疲れさまでした。
　心から御礼と感謝を申し上げます。</p>
<p>
　王さん万歳！！　　長嶋さん万歳！！</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>「甲子園の夏 08号」に磐高が大々的に掲載</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/iyob/koushien_natsu08/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.503</id>
   
   <published>2008-07-26T14:49:21Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>今年の甲子園大会は90回記念大会にあたります。この90回記念大会に合わせて、朝日出版新聞社が「週間　甲子園の夏」という20回もののシリーズを発売中です。最新号が07号なのですが、7/29（火）発売予定の08号に、母校である磐城高校の、昭和46年の準優勝時の様子が大々的に記事になっております。24回卒業の先輩たちがメインで書かれています。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　夏と言えば、なんと言っても甲子園、高校野球でしょう。<br />
　今年の甲子園大会は90回記念大会にあたります。<br />
　この90回記念大会に合わせて、朝日出版新聞社が「週間　甲子園の夏」という20回もののシリーズを発売中です。</p>
<p class="al-c"><img src="http://nk.e-consul.info/images/iwaki_asahi0807.jpg" width="527" height="451" alt="磐城高校夏の甲子園で準優勝（昭和46年）" class="al-c" /></p>
<p class="al-c">（中央で万歳しているのが、我々の監督でもあった小さな大投手・田村さん）</p>
<p>
　最新号が07号なのですが、7/29（火）発売予定の08号に、<span class="blue b">母校である磐城高校の、昭和46年の準優勝時の様子が大々的に記事になっております。</span><br />
　24回卒業の先輩たちがメインで書かれています。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　本日、自分のところに発売前のものが送られてきました。<br />
　取材協力をしたので、発売前に送っていただきました。</p>

<h3 class="m50-t">磐城、さわやかに駆け抜ける</h3>
<p>
　題名は、<br />
<strong>「磐城、さわやかに駆け抜ける」</strong>です。</p>
<p>
　当時の様子が、須永さん、田村さん、宗像さん、先崎さん、松崎さん、若尾さん、野村さん、岡田さん、山本さんを通して描写されています。<br />
　自分は当時４歳でしたから記憶に無いのですが、両親の話だと、決勝当日は街には誰も外に出ていなくて、テレビ観戦の中でみんなが集中して観戦していたらしいです。<br />
　慌てて甲子園に向かった人もいるとは、磐高野球部先輩からのお話です。</p>
<p>
　９回に松崎さんからのセンター前に抜けようかという快音が、桐蔭学園・大塚氏に打球がはたかれてしまった様子が記述されています。<br />
　「あと20センチ打球がずれていれば同点だった」と松崎さんの弁、惜しかったですね、松崎さん！</p>
<p>
　最後のバッターだった阿部さんと、舟木さんの名前が無いのが残念でした。<br />
　ご両名は写真に掲載されています。</p>
<p>
　さて、この「甲子園の夏 08号」、磐高野球部関係者はぜひとも購入して自ら手にとって直接ご覧いただきたいですね。<br />
　特に最近卒業のの若手ＯＢは、磐高の甲子園準優勝というとピンと来ていない者も多いので、母校の偉大さを再確認して欲しいと願います。</p>
<p class="al-c">
発売は7/29（金）、値段は580円。</p>
<p>
　関係者は本日早速書店で予約を入れましょう。</p>

<h3 class="m50-t">同チーム、同級生で甲子園監督３人の偉業は全国で唯一か？</h3>
<p class="m20-t">
　また本年２月（08年02月）頃、担当の記者さんとメールでやり取りしましたが、その中で、<br />
　磐城高校のあの年の感動というのが、表面的には好試合を積み重ねてきたところにあるのでしょうが、実は９人のメンバーはもちん、野球部全体がそれぞれにドラマを持っていることに気がつき感心した<br />
　とおっしゃっていました。</p>
<p>
　そのなかで、<span class="blue b">レギュラーのなかから３人の甲子園監督を生んでいるという事実も知り、これは恐らく、日本でたったひとつのチームでは無いか</span>と言うようなことも仰っていました。</p>
<p>
　同チームの同級生から、３人の甲子園監督を生んだ事例は日本でたった一つで間違いないのでしょうかね。<br />
　なんとなくそんな気はします。</p>

<h3 class="m50-t">磐城高校魂を呼び起こせ！</h3>
<p class="m20-t">
　自分は磐城高校の38回卒業生（昭和61年卒業）なのですが、<span class="blue b">我々の時代は野球、サッカー、ラグビーと３つが全国大会に出場しており、これも全国では磐城高校だけではないか</span>と言われています。</p>
<p>
　あの頃は凄く活気と勢いがあった気がしますね。</p>
<p>
　そいうい意味では、<br />
　<span class="b">思い出そう、磐高野球部の誇り！　呼び覚まそう魂からの感動！</span></p>
<p>
　と叫びたくなる心境です。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>マスターズ甲子園08の出場感想（磐城高校野球部OB）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/iyob/masters08_2/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.499</id>
   
   <published>2008-06-22T05:28:36Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>23年ぶりに聖地・甲子園の土を踏んだ。08年マスターズ甲子園に、磐城高校野球部OB会として福島県代表となったのだ。やはり甲子園だ。近づくにつれて、気持ちが高ぶり、血がたぎってくるのが分かる。甲子園という場所は我々をぴしっとさせ、厳かさを思い出せてくれるに相違ない。随分と一新されていたがそこは昔と変わらぬ高尚な場所だった。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　23年ぶりに聖地・甲子園の土を踏んだ。<br />
　08年マスターズ甲子園に、磐城高校野球部OB会として福島県代表となったのだ。</p>
<p>
　やはり甲子園だ。<br />
　近づくにつれて、気持ちが高ぶり、血がたぎってくるのが分かる。<br />
　たとえ２日くらい寝ていなくとも、甲子園という場所は我々をぴしっとさせ、厳かさを思い出せてくれるに相違ない。</p>
<img src="http://nk.e-consul.info/images/2008/komatsu.jpg" width="214" height="229" alt="小松親子の選手宣誓風景（マスターズ甲子園08）" class="left" />
<p>
　（左は先輩の小松さん親子の選手宣誓の様子）</p>
<p>
　ところで、我々の頃の名物であった蔦は無くなってしまっており、スタンドもずいぶん近くなったような気がした。<br />
　随分と一新されていたがそこは昔と変わらぬ高尚な場所だった。</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　さてゲームのほうは、対戦相手が千葉県連合だったが、９対１１で敗れてしまった。<br />
　一進一退の好ゲームだったが、最後に逆転が届かなかった。</p>
<p>
　自分は最後の打者となってしまいチームのみんなには大変申し訳ないことをしてしまった。<br />
　自分がヒット一本打てば同点というツーアウト満塁の場面で回ってきたのだ。</p>
<p>
　初球ど真ん中に近いボールが来た。<br />
　よし、レフトスタンド一直線と思い、思い切りバットを振ったが見事に空振りをした。<br />
　二球目も空振りだった。<br />
　二つボールを選んだ後、ようやく当たったが、キャッチャーの前へコロコロ、ヤバイと思ったがかろうじてファール。<br />
　気を取り直して次の球、スライダーだった、一球も変化球がなかったので頭から変化球が消えていた。<br />
　ファールにしようと思ったがもはやそんな技術もなく、中途半端にセカンドゴロに終わってしまった。</p>
<p>
　非常に悔しい。<br />
　夜も寝つけないような感じだ。</p>
<p>
　と言いながらも、その日だけが寝付けなく、それ以降は結構よく寝ている。<br />
　この自分勝手な性格をなんとかしなくてはいけないと思う。</p>
<p>
　自分はセカンドをやらせてもらったが、守りについてはじめの方にセカンド後方のフライが上がった。<br />
　取れる、と思い、振り向きざまにバックしたが３～４歩目のあたりで太もも裏がわを肉離れしてしまったようだ。</p>
<p>
　飛ぼうと思ったらもうすでに飛べる足ではなくなってしまったのだ。<br />
　なんとまあ情けない身体になってしまったのか、本当に情けなかった。</p>
<p>
　ラグビーをやっていてもそうなのだが、何か思い切り運動するとすぐに体が壊れてしまう。<br />
　特にここ２週間くらいは毎朝走って少しだけ鍛えたつもりになっていただけに残念である。<br />
　急な動きに体がついてこない。これが40歳の肉体なのだろう。</p>
<p>
　<strong>しかし本当に悔しい！</strong></p>
<p>
　昨年ＪＣ副理事長をやっていた時の理事長が言っていたが、「物事のエネルギーの根本は怒りである」、まったく同感であり自分もこの怒り悔しさを晴らすべき、とにかく練習を継続しようと思った。<br />
　練習どころでは、このなまった身体がついていかない。<br />
　<strong>鍛錬だ！</strong></p>
<p>
　そういえば、我々の高校時代の野球部の部室には、<br />
「百日の修行を鍛とし、千日の修行を錬とす」<br />
　とあった。</p>
<p>
　宮本武蔵はそれを<br />
「千日の修行を鍛とし、万日の修行を錬とす」<br />
　と言ったそうだが、高校時代の３年間では千日がようやくなので、そのような表現にしたのだろうか？</p>
<p>
　ともかくこれから３年間の修行のつもりで頑張りたい。</p>
<p>
　この悔しさを晴らすために体を鍛えたい、そして次こそはヒットを打つと誓うのであった。<br />
　自分は高校時代の公式戦で４割６分（３９打数１８安打）だったが、その誇りにかけて次は絶対に打つ！</p>
<p>
　このマスターズ甲子園の旅は昔の野球部の仲間、先輩後輩入り乱れて本当に楽しい時間であった。</p>
<p>
　そしていつもながらの珍道中でもあった。<br />
　ページを変えて、珍道中を披露していきたいと思う。</p>
<p>
　ありがとうございます先輩、ありがとう仲間たち、<br />
　後輩たちは、自分を師匠と呼びたくて仕方が無いようなので、これから菅野塾を本格的に開始することとする。</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>磐城高校野球部（母校）OB会がマスターズ甲子園決定！</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nk.e-consul.info/iyob/masters08/" />
   <id>tag:nk.e-consul.info,2008://4.494</id>
   
   <published>2008-04-21T00:59:57Z</published>
   <updated>2011-02-26T09:13:00Z</updated>
   
   <summary>母校磐城高校野球部ＯＢ会がマスターズ甲子園出場をきめました。やったー。甲子園は1995年広瀬監督が率いて以来ですから13年ぶりになりますか。とにかく嬉しいですね。甲子園で校歌を聞いたのは、1975年まで遡りますので、32年ですね。マスターズ甲子園も勝ったら校歌を歌えるんですかね？　やはり甲子園の感動は大きい。</summary>
   <author>
      <name>菅野</name>
      
   </author>
         <category term="磐城高校野球部OB会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nk.e-consul.info/">
      <![CDATA[<p>
　やりました。<br />
　母校磐城高校野球部ＯＢ会がマスターズ甲子園出場です。</p>
<p>
　マスターズ甲子園の決勝が、08.04.20（日）に行われました。<br />
　結果は11対3で、見事日大東北ＯＢを下しました。
　イニングスコアは以下の通りです。</p>
<p>
　磐城 11 = 416 000 0<br />
　日北  3 = 000 210 0</p>
<p>
　３イニングまでの若者チームで勝負を決しましたね。</p>
<p>
　甲子園は1995年広瀬監督が率いて以来ですから13年ぶりになりますか。<br />
　とにかく嬉しいですね。</p>
<p>
　甲子園で校歌を聞いたのは、1975年まで遡りますので、32年ですね。<br />
　マスターズ甲子園も勝ったら校歌を歌えるんですかね？</p>
<p>
　昨年、スクールウォーズの山口先生を目の前にして、<br />
　血液が逆流するような感動を覚えましたが、甲子園はそれ以上ですね。</p>
<p>
　やはり赤井嶽を越えて水石山まで走った練習が今になって活きましたかね。<br />
　どうでしょう、35回・36回の敬愛する先輩方・・</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
　感動していたら、熱闘甲子園で流れていたあの名曲<br />
　「君よ８月に熱くなれ」を思い出しました。</p>
<p>
　歌詞を書いておきましょう。</p>
<p class="black b">
「君よ８月に熱くなれ」</p>
<p class="lh18">
　まためぐりくる夏の日に、心ふるわす人がいる<br />
　あれが確かに青春と、胸にまぶたにきざみこむ<br />
　時よ、とまれよ、ただ一度<br />
　奇跡おこした若者に　雲がわきたつ甲子園<br />
　君よ８月に熱くなれ</p>
<p class="m20-t lh18">
　あの日と呼べる幾日を　時の流れに刻めるか<br />
　今がそうだと確かめる　熱い想いを抱けるか<br />
　風よ 歌えよ もう一度<br />
　夢を信じた若者に　砂が舞い立つ甲子園<br />
　君よ 八月に熱くなれ</p>

<p class="m50-t">
　また磐城高校野球部100周年記念誌に磐高野球部のことが良く書かれている、下山田先輩のコラムがありましたので、ご紹介しましょう。</p>

<h3 class="m30-t">磐城高校野球部の威力</h3>
<p>
　「名門・磐城高校」。</p>
<p>
　この呼び名は、いわき市内か浜通り、せいぜい福島県内でしか通用しないものだとずっと思っていた。<br />
　地方に県立高校はたくさんあるし、進学校だって各県に数校ずつ。
　その数と県の数を掛け合わせれば、「名門」と呼ばれる高校は、全国に百や二百はあるはずだ。</p>
<p>
　だが、その考えは間違いだった。<br />
　一般紙のスポーツ担当記者になって4年目のころ、私は松井秀喜選手（現ヤンキース、当時巨人）から高校野球の思い出を聞く機会を得た。</p>
<p>
　私の母校が磐城だと知った松井選手がふいにこう言ったのだ。<br />
「磐城の野球部出身？　名門ですよね」。<br />
　この時は、野球オタクの松井選手だから知っているだけ、と思っていた。<br />
　だが、この後、同様のことが何度も起こった。</p>
<p>
　巨人の長嶋茂雄元監督、原辰徳監督、巨人球団職員で原監督と東海大相模時代に中軸を組んだ津末英明氏。<br />
　私にとって幼いころからのヒーローだった方々が、顔を見るたびに「名門・磐城高校」と呼んでくれるようになった。<br />
　私の名前はいつまでたっても「小山田くん」と間違えるのに、である。</p>
<p>
　あるスカウトがこんなことを言っていた。<br />
「東北で強いチームを訪問すると監督さんが磐城の出身だということが多いのです。意識の高い指導者が技術的にも精神面でも質の高いチームを育てている。それが、永く名門と呼ばれる理由でしょう」</p>
<p>
　確かに、記者の立場からみても、高校時代に先輩方から教わった野球理論は、どこに行っても通用した。<br />
　攻守走の基本。人との信頼の築き方。<br />
　甲子園の常連監督でも、プロ野球の名物監督でも大リーガーでもすぐに旧知の知り合いのように受け入れてもらえた。<br />
　諸先輩方に心から感謝申し上げます。</p>
<p>
　永い時間と地道な練習を経て中央球界にまで轟く伝統を積み上げてくださり、ありがとうございます。<br />
　先輩方から教わったことと、先輩・後輩のつながりは自分にとって一生の宝です。</p>
<p>
下山田郁夫先輩コラムから（高35回卒業）</p>
<p>
（注）<br />
　下山田先輩は立教大卒業後、読売新聞社に入社されました。<br />
　盛岡支局、運動部、国際部ロサンゼルス支局駐在など歴任し、プロ野球やメジャーリーグ、五輪などの取材にあたられました。<br />
　現在、運動部デスク。</p>
]]>
   </content>
</entry>

</feed>

